El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

大学病院の奈落

医療調査報道の鑑(かがみ)

大学病院の奈落

大学病院の奈落

 

群馬大学病院の内視鏡的肝切除連続死亡事件を扱ったものであることは知っていましたが「大学病院の奈落」というタイトルからは、一方的な医療糾弾モノではないか・・と思って読み始めました。しかし、良い意味で期待は裏切られ一気に読んでしまいました。非医療者である著者(読売新聞医療部記者)が、ここまで調べつくして、また事件の本質のみならず、その背景にある日本の医師のメンタリティの問題点までも描き出しているのは見事。抑制のきいた調査報道で淡々と事実が述べられていますが、それがかえって鮮明な印象を残してくれます。

腹腔鏡手術のブームのかげでかなり無茶なことが繰り広げられているというのは感じていました。無茶でも結果オーライですませていた、というのがこの事件以前の状態でしょう。保険適応外の内視鏡手術を、開腹術と偽って保険請求することを医師も厚労省も「なんとなく」容認、この「なんとなく」がどんどん拡大するのは世の常。そんな状態の中に、いわゆる「適性の乏しい外科医」が登場。通常「適性の乏しい外科医」は、それこそ「なんとなく」淘汰されるものなのですが、群大外科では組織の力学が崩壊していて「適性の乏しい外科医」がバンバン内視鏡的肝切除をする事態に・・・。恐ろしい。

亡くなった患者さんの多くが進行がんであったり、残存肝機能がとぼしかったりで、そもそも手術適応があったのかということも取り上げられています。進行癌でも万が一つでも切除可能性があればと、患者さんを説得して強引に手術をすすめるのはよく聞く話でもあり他人事ではありません。

本書の著者は読売新聞医療部の女性記者で、一連の群大病院スクープ記事で2015年度新聞協会賞を受賞。医療、特に内視鏡外科の裏側や大学医学部内部のみならず大学医学部間の権力闘争などなど充実した内容は読み応え充分の調査報道です。タイトルがいまいちという感じですが、大学名が出せないなど何らかの事情があったのか。