ー 忘れなければ覚えられない! ー
気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。第118回目のテーマは「記憶と忘却」をテーマにタイトルは「忘れる脳力」です。怪しい脳科学本と思ってしまいそうなタイトルですが、千葉大の脳外科の教授で脳外科臨床だけでなく脳の基礎研究における実績も十分にある岩立康男先生が「脳の記憶と忘却のメカニズム」最新の知見を新書一冊でやさしく解き明かしてくれます。
短期記憶は海馬で作られ、その中から重要なもの(何度も想起されたり、情動をともなうもの)は大脳皮質に保存されます。記憶が作られたり保存される時の脳の変化はシナプス(接合部)が新しくできるというわけではなくシナプスの周辺構造を作るタンパク質の変化によって特定のシナプス(群)の反応性が高まることによります。
海馬には大量の情報が流れてきて短期記憶されるわけですが、その中で本当に重要な情報は時間をかけてゆっくりと大脳皮質に移されます。一方で大脳皮質に移されなかった大半はそのまま忘れられていきます。
記憶は化学物質信号(具体的には作られたタンパク質=アミノ酸の鎖の立体構造)により成り立っているので、忘却は、①時間がたてばこの構造が劣化して記憶が薄れる、②記憶のためのタンパク質を積極的に破壊するタンパク質(Rac1)の存在、などのメカニズムで起こります。そして最終的にはタンパク質の構造変化で古いニューロンが退縮し消えていき、そのスペースに新生ニューロンが発生し次の記憶の担い手となります。つまり脳は海馬においてさまざまなレベルで積極的に「忘れる能力」を持っているのです。
また、海馬から大脳皮質へと記憶を移動させる回路は幼少期に形成されるので小児期~10歳くらいまでの回路形成がその後の人格形成に大きな意味を持っています。その時期に育児を他人任せにせざるを得ない現在の労働環境は恐ろしい結果を産むかもしれないですね。
何に対して怒りを覚え、どんなことに喜びを感じるかといったことは、人生の在り方を大きく変える要素となります。だからこそ、10歳頃までにどんな経験をさせ、どんな思いをさせるかという点が非常に重要になってくるのです。
子どもがまだ小さいうちに、「人生はこんなに楽しいものだ」ということを刷り込んでしまおう。「自分の存在を皆が喜んでいるのだ」ということを脳の奥底にたたき込んでしまおう。その記憶は一生残り、人生最大の財産となるはずだ。
また大きな喜び・悲しみといった情動(気持ちの動き:情動は海馬に隣接した偏桃体で発生する)とリンクした記憶は繰り返しの想起などを通して強化されて大脳皮質に移行します。ですから「いやな記憶をどうやって消すか?」の答えは「考えなければいい」です。しかしどうしてもくよくよ考えてしまうもの。そんなときは逆説的ですがが、そのいやな感じ・不安感に一度どっぷりとつかって十分に落ち込み、落ち込んで何もやる気が起きずにぼーっと過ごす、それで記憶に残しにくくなるようです。
脳には集中系(集中して何かをやるときに働く部分)と分散系(ぼんやりしているときに働く部分)という区別があって、分散系優位の状態にすることで記憶に残らないようにし、その後に別の何か新しいものに集中することで情動から離れていく・・そんなイメージです。情動に引きずられそうになったらいったんはクールダウン!
真実は「記憶の中」にあるのではなく、それを振り返っている「今の自分の気持ちの中」にあると言ってもいい。過去を悔やんでいる自分も、どんどん自動的に過去になっていく。嫌な記憶も含め、どんな記憶も必ず時間経過で薄れていくものである。・・・悪い記憶は忘れようとするのではなく、その出来事をまずはそのまま受け止めて、未来志向の解釈を加えたうえで「放っておく」ことが重要である。
忘れることは新しい記憶を獲得するために重要なプロセス。そして脳がきちんと忘れられるように、睡眠と運動・・・納得の結論です。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2023年11月)