El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

新・私の本棚 (10)眠りを制する者が人生を制す!?

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眠りを制する者が人生を制す!?医師が紐解く『眠り』の世界

65歳すぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビューのサード・シーズン「新私の本棚・65歳超えて一般書で最新医学」。第10回のテーマは「睡眠・体内時計・睡眠薬」です。

ようやく猛暑の夏も終わりましたね。しかし今年の夏は暑かった。もはやエアコンを朝までつけっぱなしというスタイルも普通になってきています。エアコンをつけてぐっすりと眠れた翌日は頭もスッキリで、睡眠の重要性を感じます。睡眠と言えば21世紀になって、睡眠の生物学的、特に分子的なメカニズムがいろいろわかってきました。そうした研究から新しいタイプの睡眠薬も登場しています。今回はそんな睡眠研究の世界を、睡眠・体内時計・睡眠薬の順に読み解いてみたいと思います。

覚醒を制御する「オレキシン」
発見者が語る、睡眠の意義とメカニズム

そんな基礎研究なんて役に立つのか…と思っていた分野から意外な発見があり、医療の常識が塗り替えられるようなことがときどき起こります。睡眠研究はまさにそんな分野。1冊目の「睡眠の科学」の著者、櫻井武氏は脳において覚醒を制御するペプチド「オレキシン」を1996年に発見・同定しました。

オレキシンを含む、睡眠に関わる神経伝達物質、さらにはそのレセプターの研究からまったく新しい作用機序の睡眠薬が開発され、睡眠薬の処方は大きな変貌をとげました。

本書でははじめに睡眠の意義が詳しく解説されます。「睡眠は身体の恒常性を維持する機構の保全だけでなく、精神の正常な機能を維持し、さらに記憶の強化に関与している」――そうなんです、睡眠時間をけずると精神に異常をきたし、記憶力も低下するのです。

まずは覚醒・睡眠と脳の状態について。「覚醒」「ノンレム睡眠」「レム睡眠」という3つの状態を理解しましょう。レム睡眠REM=rapid eye movement(眼球が激しく動く)ですが、脳波上でもレム睡眠中の脳は覚醒時よりも活発に活動しているというから驚きです。その間、脳と肉体の接続は切れた状態なんです。このレム睡眠中に脳内で記憶の再構築が行われ、ノンレム睡眠中に記憶の定着が行われます。

それから「覚醒」「ノンレム睡眠」「レム睡眠」を作り出しているメカニズムを理解しておきましょう。そのためには以下の3系統の脳内伝達物質の存在を理解する必要があります。

 (1)「グルタミン酸」と「GABA:γ-アミノ酪酸」:脳内ニューロンの接合部(シナプス)の通常速度の「速い」伝達は「グルタミン酸」と「GABA:γ-アミノ酪酸」が担います。いま感じたり、考えたりしているときの伝達はこれです。

 (2)「モノアミン(ノルアドレナリン・セロトニン・ヒスタミン・ドーパミン)」:ややゆっくりめに作用してシナプス系全体のモードを変化させます。「モノアミン作動性システム」と呼びます。

 (3)「アセチルコリン」:これもややゆっくりめに作用してシナプス系全体のモードを変化させます。「コリン作動性システム」と呼びます。

 脳幹の「覚醒中枢」(覚醒ニューロン)はモノアミン/コリン作動性ニューロンで、

 ・モノアミン発火+コリン発火→覚醒
 ・モノアミン・コリンとも低下→ノンレム睡眠
 ・コリンのみ発火→レム睡眠  となります。

また視床下部の視索前野にある「睡眠中枢」(睡眠ニューロン)はGABA作動性で、GABA発火はレム、ノンレムどちらの睡眠も引き起こします。こうして発火する覚醒中枢と睡眠中枢のバランスで覚醒か睡眠かがきまり、さらにどの伝達系優位なのかでノンレム睡眠かレム睡眠かが決まっていくという驚きのメカニズムなのです。

この本の最終章で「なぜ眠るのか」という問いへの著者の予測が書かれています。それによると、
 ・ノンレム睡眠中は、シナプスの新生を抑えてシナプスの最適化をはかり記憶情報の整理とともに情報処理環境の整備をすることで脳の機能の正常化が行われ、
 ・レム睡眠中は、記憶のファイルシステムの整理が行われ記憶に対する重みづけ・取り出しやすさの設定を行っている、  とのことです。

この本一冊で睡眠のメカニズムだけでなく、記憶における睡眠の意義までもが理解できました。記憶にとって、こんなに睡眠が大事だとは…驚きです。

夜になるとなぜ眠くなる?
――第一人者が語る「時計遺伝子」

睡眠のメカニズムや意義を読み解いたところで、では朝目が覚めて夜眠くなる、そうしたリズムはどうやって作り出されているのでしょうか。それを知るためには2冊目「時計遺伝子」が最適です。

著者の岡村均氏は京都府立医大出身の医師・研究者で、時計遺伝子研究一筋、国内の第一人者です。時計遺伝子については2017年のノーベル医学・生理学賞が時計遺伝子を発見したホール、ロスバッシュ、ヤングの3氏に贈られており、話題としても新しいですね。

 すべての細胞に時をきざむタンパク質(時計タンパク)と、そのもとになる時計遺伝子があります。

 時を刻む原理は、(1)時計遺伝子が発現して時計タンパクが作られ、(2)時計タンパクが増えるとそれが遺伝子の発現のブレーキとなり、(3)一方で時計タンパクそのものも細胞内で壊れていき、時計タンパクの濃度が下がれば再び時計遺伝子から時計タンパクが作られる、そういう一連のフィードバック・サイクルの周期が時計の振り子にあたるんです。

地球上の生物のこのサイクルは地球の自転にあわせて24時間になっている、というより、サイクルが24時間のタンパクが自然淘汰を勝ち残り時計タンパクになったのです。個々の細胞が24時間のサイクルを持っていますが、細胞がそれぞれバラバラに24時間をきざむのでは困ります。そこで全身の細胞のサイクルをシンクロさせるセンターが必要です。

それが視交叉のすぐ上の脳内にある視交叉上核という部位です。朝になって網膜に光がはいるとその情報がこのセンターに伝わり、視交叉上核内に時計遺伝子Per1が発現します。Per1が発現すると発光するように操作を加えたマウスの脳切片が、顕微鏡下でリズミカルに光を出す様子を初めて観測したエピソード・動画は感動ものです。ぜひ見てみてださい。

<参考>体内時計がリズムを生み出す謎を可視化したい(生命科学DOKIDOKI研究室)

視交叉上核で発生した時間のシンクロ信号は自律神経を介して副腎へ向かいます。信号は副腎でホルモン濃度(糖質コルチコイド)に変換されて全身のリズム(朝が来たと全身が感じる)になっていきます。このリズムを作り出した朝の太陽光の波長は400~500nmであり電球の波長とはかぶりませんが、LEDの波長とはかぶってしまいます。これがブルーライト問題であり、深夜のスマホ問題の本質です。LEDは実際に体内時計をかく乱するのです。

さらに日中を通して、視交叉上核から覚醒度を維持するための刺激を出しています。これによって昼間は覚醒して夜は眠るという一日のリズム=概日リズムが作られます。この概日リズムのずれを修復するのがメラトニンであり、メラトニンを利用した睡眠異常の治療薬にもつながっていきます。

本書は時差ボケのメカニズムなど、時計遺伝子・体内時計で解明された面白エピソードが満載で、すべてが著者の実際の実験に基づいて書かれているのがすごい。時計遺伝子・体内時計と睡眠障害の関係を知るための良書です。

睡眠薬処方の前に
押さえておきたいメカニズム

3冊目「睡眠専門医がまじめに考える睡眠薬の本」は一般書ではなく医師向けに書かれたものですが、睡眠薬の作用メカニズムがわかりやすいのでレビューしておきます。ただし著者の河合真氏の立場は「睡眠薬はあくまでも対症療法であり、慢性不眠症の根本治療にはならない、根本治療は認知行動療法である」だそうです。それはもっともですが、現実に認知症患者を含む高齢者に「認知行動療法」はハードルが高すぎます。臨床ではどうしても睡眠薬を使わざるを得ません。

1、2冊目で読み解いたように、睡眠は「体内時計系」(主に概日リズム)というシーソーの上で「睡眠中枢」と「覚醒中枢」のバランスによってもたらされています。繰り返しになりますが、本書の内容をもとに、睡眠のメカニズムと睡眠薬の分類についてまとめます。

「睡眠中枢」は脳内に豊富にあるGABA(γ-アミノ酪酸)が伝達物質であり、中枢そのものはVLPO(腹外側視索前野)にあります。GABAは脳全体の活動を抑制することで恒常性維持を担っており、VLPOにGABAが作用することで「睡眠中枢」が活性化=睡眠方向へバランスが振れます。

「覚醒中枢」は多領域に分散しており神経伝達物質も複数あります(オレキシン・ヒスタミン・アセチルコリン・セロトニンなど)。これらの複数伝達物質により複数の中枢が活性化することで、覚醒する方向へバランスが振れます。「体内時計系」はシーソーの支点にあたり、外界の光刺激を中心とした概日リズムによって支点が移動し、朝になれば「覚醒系」に傾きやすくし、夜になれば「睡眠系」に傾きやすくします。

これとは別に、脳幹部にレム睡眠を起こすための中枢があり、その神経伝達物質はアセチルコリンです。覚醒からGABAによる睡眠刺激でノンレム睡眠となりますが、脳幹部へのアセチルコリン刺激でレム睡眠に移行します。

脳幹部中枢にオレキシン・セロトニン・ノルエピネフリンが作用すると、アセチルコリンの作用が抑制されることでレム睡眠状態がノンレム睡眠状態になり、一つの睡眠の中でノンレム→レム→ノンレムというサイクルを繰り返すのです。

この睡眠そのもののメカニズムを踏まえて睡眠薬を分類すると、以下の(1)~(3)になります。

 (1)ベンゾジアゼピン系睡眠薬はGABAと同じ働きで、脳全体の活動に抑制的に働くことで睡眠に傾かせます。睡眠中枢だけでなく同時に他のさまざまな部位をも抑制してしまうので、転倒などの原因となる筋弛緩作用や抗不安作用があり依存性にもつながります。

 (2)メラトニン作動薬(メラトニンやラメルテオン)は体内時計系の支点を睡眠系優位側にずらすことで睡眠に傾かせます。

 (3)オレキシン拮抗薬(ベルソムラやデエビゴ)はオレキシンによる覚醒中枢刺激をブロックすることで覚醒系を抑制し睡眠に傾かせます。オレキシン作用に拮抗するので、睡眠の中身で考えるとREM睡眠が減少し脳の疲れはとれない可能性があります。

長年使い続けてこられた(1)ベンゾジアゼピン系睡眠薬が21世紀になって(2)や(3)に取って代わられたようになっているのはご存じの通りですが、それにはこのようなメカニズムの裏付けがあるのです。

まとめと次回予告

私の医師人生の前半(ちょうど20世紀の間)は、不眠ときけば「ベンゾジアゼピン」の時代でした。それが21世紀になり、一転して「ベンゾジアゼピンを使うな」の時代になりました。劇的な変貌を遂げた睡眠薬処方の背景には、今回読み解いた睡眠研究・時計遺伝子研究といった基礎研究があったわけです。

医師であっても年齢を重ねると、こうした変化になかなかついていけないことも多いです。ぜひ、読書を通してアップデートしていきましょう。

そこで次回はもう一つ、基礎的な研究成果によって大きく変貌しつつある「皮膚」について読み解いてみたいと思います。取り上げるのは「人体最強の臓器 皮膚のふしぎ」「間宮家の皮膚科医」「皮膚の秘密」の3冊です。お楽しみに。