El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(117)ー よく眠って記憶力アップ! ー

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ー よく眠って記憶力アップ! ー

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。第117回目のテーマは「睡眠」。ようやく猛暑の夏も終わりましたね。しかし今年の夏は暑かった。もはやエアコンを朝までつけっぱなしというスタイルも普通になってきています。エアコンをつけてぐっすりと眠れた翌日は頭もスッキリで睡眠の重要性を感じます。
 21世紀になって、睡眠の分子的なメカニズムがいろいろわかってきました。そうした研究から新しいタイプの睡眠薬も登場しています。今回はそんな睡眠研究の世界を読み解いてみたいと思います。
 そんな基礎研究なんて役に立つのか・・・と思っていた分野から意外な発見があり医療の常識が塗り替えられるようなことがときどき起こります。睡眠研究はまさにそんな分野。今回の本「睡眠の科学」の著者、桜井武氏は1996年に脳において覚醒を制御するペプチド「オレキシン」を発見・同定しました。そのオレキシンを含む睡眠に関わる神経伝達物質、さらにはそのレセプターの研究からまったく新しい作用機序の睡眠薬が開発され、睡眠薬の処方は大きな変貌をとげたんです。
 本書ではまず睡眠の意義が詳しく解説されます。「睡眠は身体の恒常性を維持する機構の保全だけでなく、精神の正常な機能を維持し、さらに記憶の強化に関与している」―そうなんです、睡眠時間をけずると記憶力も低下するのです。
 まずは覚醒・睡眠と脳の状態について。「覚醒」「ノンレム睡眠」「レム睡眠」という3つの状態を理解しましょう。レム睡眠REM=rapid eye movement(眼球が激しく動く)ですが、脳波上でもレム睡眠中の脳は覚醒時よりも活発に活動しているというから驚きです。その間、脳と肉体の接続は切れた状態なんです。このレム睡眠中に脳内で記憶の再構築が行われ、ノンレム睡眠中に記憶の定着が行われます。

 さらに「覚醒」「ノンレム睡眠」「レム睡眠」を作り出している分子メカニズムを理解しておきましょう。そのためには以下の3系統の脳内伝達物質の存在を理解する必要があります。少し煩雑ですが、覚えておいて損はない!

 ①「グルタミン酸」と「GABA:γ-アミノ酪酸」:脳内ニューロンの接合部(シナプス)の通常速度の「速い」伝達は「グルタミン酸」と「GABA:γ-アミノ酪酸」が担います。いま感じたり、考えたりしているときの伝達はこれです。
 ②「モノアミン(ノルアドレナリン・セロトニン・ヒスタミン・ドーパミン)」:ややゆっくりめに作用してシナプス系全体のモードを変化させます。「モノアミン作動性システム」と呼びます。
 ③「アセチルコリン」:これもややゆっくりめに作用してシナプス系全体のモードを変化させます。「コリン作動性システム」と呼びます。脳幹の「覚醒中枢」(覚醒ニューロン)はモノアミン/コリン作動性ニューロンで
        モノアミン発火+コリン発火→覚醒
        モノアミン・コリンとも低下→ノンレム睡眠
        コリンのみ発火→レム睡眠
となります。また視床下部の視索前野にある「睡眠中枢」(睡眠ニューロン)はGABA作動性で、GABA発火はレム、ノンレムどちらの睡眠も引き起こします。

 こうして発火する覚醒中枢と睡眠中枢のバランスで覚醒か睡眠かがきまり、さらにどの伝達系優位なのかでノンレム睡眠かレム睡眠かが決まっていくという驚きのメカニズムなのです。
 この本の最終章で「なぜ眠るのか」という問いへの著者の予測が書かれています。それによると、ノンレム睡眠中はシナプスの新生を抑えてシナプスの最適化をはかり記憶情報の整理とともに情報処理環境の整備をすることで脳の機能の正常化が行われ、レム睡眠中は記憶のファイルシステムの整理が行われ記憶に対する重みづけ・取り出しやすさの設定を行っているそうです。
この本一冊で睡眠のメカニズムだけでなく、記憶における睡眠の意義までもが理解できました。記憶にとってこんなに睡眠が大事だとは・・驚きです。さ、寝よっと!
(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2023年10月)