El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

睡眠の科学 改訂新版

寝苦しい夜に睡眠の科学を

そんな基礎研究なんて役に立つのか・・・と思っているような分野から意外な発見があり医療の常識が塗り替えられるようなことが起こる。睡眠研究はまさにそんな研究分野。本書の著者、桜井武氏は1996年に脳において覚醒を制御するペプチド「オレキシン」を発見・同定。オレキシンを含む睡眠に関わる神経伝達物質とニューロンにおけるそのレセプター研究からまったく新しい作用機序の睡眠薬が開発され、睡眠薬の処方は大きな変貌をとげた。

本書ではまず睡眠の意義を説く「睡眠は身体の恒常性を維持する機構の保全だけでなく、精神の正常な機能を維持し、さらに記憶の強化に関与している」。そう睡眠時間をけずると精神に異常をきたし、記憶力も低下するのだ。

まずは覚醒・睡眠と脳の状態について。「覚醒」「ノンレム睡眠」「レム睡眠」という3つの状態を理解。レム睡眠REM=rapid eye movement(眼球が激しく動く)であるが、脳波上でもレム睡眠中は覚醒時よりも脳は活発に活動しているというから驚く。その間、肉体との接続は切れた状態。レム睡眠中に脳内で記憶の再構築が行われているようだ(記憶の定着はノンレム睡眠?)。

まずは「覚醒」「ノンレム睡眠」「レム睡眠」を作り出しているメカニズムを理解しておきたい。そのためには脳内伝達系①②③を理解する。

脳内伝達系の種類
    通常系ー速い。グルタミン酸、GABA①
    モード変換系 ややゆっくり
        ②モノアミン作動性システム(ノルアドレナリン・セロトニン・ヒスタミン・ドーパミン)
        ③コリン作動性システム(アセチルコリン)
脳幹の「覚醒中枢」(覚醒ニューロン)・・・モノアミン/コリン作動性ニューロン
        覚醒=モノアミン発火②+コリン発火③
        ノンレム睡眠=モノアミン・コリンとも低下
        レム睡眠=コリンのみ発火③
視床下部の視索前野にある「睡眠中枢」(睡眠ニューロン)・・・GABA作動性
        睡眠(レム、ノンレムとも)=GABA発火①

覚醒中枢と睡眠中枢のバランスで覚醒か睡眠かがきまり、さらにどの伝達系なのかでノンレムかレムかが決まっていくという驚きのメカニズム。オレキシンは「覚醒中枢」ニューロンに作用するペプチドで覚醒を安定化しているらしい。オレキシンが欠乏した状態がナルコレプシー(傾眠症)だ。ここからオレキシン受容体にオレキシンが結合することを妨害する拮抗薬を作れば睡眠を誘導することができる。それがオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント=ベルソムラ®、レンボレキサント=デエビゴ®)だ。

最終章で「なぜ眠るのか」という問いへの著者の予測が書かれている。それによるとノンレム睡眠中はシナプスの新生を抑えてシナプスの最適化をはかり、記憶情報の整理とともに情報処理環境の整備を行い、脳の機能の正常化が行われている。一方、レム睡眠中はいわば記憶のファイルシステムの整理が行われ記憶に対する重みづけ、取り出しやすさの設定をシナプス新生を行いながら行っている。いわばノンレム睡眠ではノートの落書きを消して新しいページを準備しており、レム睡眠ではノートの記載内容にマーカーをつけたり参考資料をつけたりしている・・・そんな感じだろうか。

睡眠は大事だ。睡眠研究、かなり面白い。