El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

新・私の本棚 (8)新型コロナ中締めーあの死は、必要だった?

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65歳すぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビューのサード・シーズン「新私の本棚・65歳超えて一般書で最新医学」。第8回のテーマは、5類感染症になったタイミングでの、「再考・新型コロナウイルス感染症」です。

喉元過ぎればなんとやらではありませんが、感染は続いているのにあっという間に過去の出来事になってしまいそうな、新型コロナウイルス。このタイミングで、「新型コロナウイルス感染症」(以下COVID-19)について、気になるポイントを中締めしておきましょう。

不透明なワクチン副反応の現状を知る

1冊目は、ワクチンの副反応をコンパクトにまとめた本『ルポ 副反応疑い死』です。新型コロナウイルスワクチンによる副反応は、接種部位の痛み・発熱など多彩です。そして、副反応がいったいどれくらい発生していて死亡例がどのくらいあるのかなどは、感染状況そのものとは比べものにならないくらい、不透明ではっきりしません。

もちろん、現在進行形の事態ですから行政が追いつかない部分はあるでしょう。それにしても、すでに3年に及び日本国内だけでも累計3億回以上の接種が行われている中で、それなりの数の重篤あるいは死に至る副反応は出ています。そうした現状を理解するのにぴったりなのが、この本です。

まだまだ審査に辿り着けていない救済制度

副反応の事例は「副反応疑い報告制度」によって、医療機関からPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)を経由して、管轄する厚生労働省で集計・評価されています。評価は「否定できない(=認める)=α」「認められない=β」「評価不能=γ」の3パターンに判定されますが、99%がγ判定です。

この制度は、実際の被害者救済に使われるためのものではなく、接種を勧奨する材料として使われている数字です。この制度で判明している重篤な副反応は、アナフィラキシー・血小板減少を伴う血栓症(TTS)・心筋炎―心膜炎です。

この制度により報告された副反応数は、2022年9月4日時点で34828件、うち重篤例(死亡・障害・入院など)7798件、そのうち死亡1854件です。「え、そんなに死者が!」と思いますが、接種総数は3億1450万件なので死亡の発生は0.0006%、つまり17万件に1件の死亡発生です。これは、インフルエンザワクチンの副反応死亡の10倍程度になります。

一方、救済制度は報告制度とは全く別物で、「予防接種健康被害救済制度」というコロナに限らない予防接種全体の制度の中で扱われています。本人(死亡時は家族)が市町村窓口に補償を申請して、初めて動き始める制度です。この救済制度では、2022年11月7日までに国が受け付けた救済申請総件数は5013件、そのうち死亡による一時金請求は418件です。その死亡のうち審査されたのは19件で、そのうち認可 (=支払い)されたのは10件に過ぎません。その後も少しずつ認可例が増えているようですが、まだまだ多くの例で審査にたどりつけていない状況のようです。

個人の人生より社会の利益が優先される?

 ワクチンを有効だとする理屈は、「統計的に接種で得られる利益が副反応による損失より大きい」ということですが、これは「社会全体にとって」の理屈です。副反応疑いで死亡した個人や遺族にとっては、たまったものではありません。それでも全体の利益のために接種をおこない、稀に起こる副反応被害は個別に国が補償するというしくみです。

有害事象の救済は個別的・病理学的アプローチであるべきはずですが、今はそこが混乱していて、追いついていません。中日のピッチャー木下雄介氏の死も、救済制度では認可されていない状態です。この本の著者も、「副反応疑い死亡1854件は、国内トータルで3億回以上の大量接種というプールに注いだ雨滴のようなものだろう。雨滴はプールに落ちればたたえられていた水と混ざり、見分けがつかなくなる。が、しかし、ひとつひとつの雨つぶにも死を避けられなかった生物学的必然性があり、何よりもそれぞれの人生が宿っている。因果関係は、個別に深く掘り下げなくてはならないはずだ。」と、書いています。

しかし、「疫学的有意性だけでなく、個別の病理学的な特徴にもっと注目したほうがいいのではないか」「いや、情報が足りない。因果関係がないとも判断できないから評価不能だ」と、押し問答が続いているのが現状です。ポスト・コロナには、これらのことに決着がつけられなければならないのですが、まだまだ途中経過です。そして、こうして副反応死の事例を読むと、自分自身もこの先ワクチン接種を受け続けるのかと言われたら…躊躇はあります。

COVID-19の発端は
富裕層の「動物食」だった

そもそも、COVID-19の発端は一体なんだったのか。今となっては遠い昔のような気がしますが、動物が原因であると聞き、昔に引き戻されたような気がしたものです。なぜそんなことが起こるのかを、2冊目『次なるパンデミックを回避せよ』で読み解いてみました。

武漢でのCOVID-19発生、その根源はコウモリで、さらに中間増幅動物はセンザンコウであることはほぼ間違いないらしいですね。例の武漢の市場では、多種多様なこれらの生きた動物が肉食用に売られていたようです。そんなものを食べるのは貧しいからか?冷蔵庫がないので生かしているのか?なんて思っていましたが、実は富裕層が好んで食べるらしいです。満漢全席の国、中国らしい話ですね。一方、日本でも野生動物と人間の生活域が近接してきて、シカやイノシシやクマが捕獲されたり処分されたりする例が増えています。それらは「ジビエ料理」として食べられており、他人事ではありません。

将来も動物由来パンデミックが危惧される
5つの要因

この本では、そうした動物由来のパンデミックが将来も繰り返し起こりかねないことに警鐘を鳴らし、5つのポイントが挙げられています。

  1.  森林破壊
    東南アジアでジャングルが破壊・造成されてパームヤシのプランテーションになり、類人猿が民家近くまで出没するようになっています。野生動物の生活圏の破壊による種の絶滅や人間の生活圏への移動は、世界中で同様に起こっています。
  2.  温暖化
    代々木公園のデング熱騒ぎなど、地球温暖化の影響で蚊などの生存圏が拡大しています。
  3.  ブッシュミート
    特にアフリカで顕著なのが、タンパク源としての野生動物食の急増です。猿やネズミやコウモリをハンティングして解体し、売買し、食べる。こうしたブッシュミートハンティングが日常化しています。これはジャングル開発によって人間が増えたことが原因ですが、どのステップでも感染の原因になりえます。HIVやエボラなども、発端までたどれば動物由来です。
  4.  ペット
    日本ではこれが怖いですね。例えば、ラスカルブームのアライグマには、狂犬病ウイルスがいます。ペットとして密輸入される動物には、どんな病原体がいるのかわからないのが現実です。
  5.  肉食
    チキン・ブタ・ウシの大量飼育・大量消費で生物多様性が失われ(もっとも一番増えたのは人間ですが)、感染病原体にとって拡大しやすい環境になっています。鳥インフルエンザの蔓延で何万羽もの鶏が処分されるなどのニュースでもわかるように、家畜の生育環境は感染が蔓延しやすいです。

 次のパンデミックもまた、ブッシュミートやペットなど思わぬところから起こる可能性が高いのですが、それを「想像力の欠如」により見過ごしている(著者の言)――そんな状況に警鐘をならす一冊です。

動物からヒトへの感染メカニズムを
深掘りする一冊

さて、今後のパンデミックが動物から起こるとして、動物からヒトに移行するメカニズムをもっと科学的に知りたいと、3冊目『スピルオーバー』を選んでみました。スピルオーバーとは、ある病原体が種から種へと飛び移ることを意味します。原著は「人畜共通感染症」というテーマでナショナルジオグラフィック誌に連載されたものを集約して、2012年に刊行したものです。未訳でしたが、COVID-19のパンデミックを受けて、補章を加えた完訳版が日本でも出版されました。

この本のざっくりとした結論をそのまま引用すると…

 “私たちは多くの種の動植物が生息する熱帯林やその他の原始景観に侵入している。私たちは木を切り倒し、動物を殺し、あるいは檻に入れて市場に送っている。それらの動物の体内には、数多くの未知のウイルスがいる。私たちは生態系を破壊し、ウイルスを自然宿主から解き放っている。放たれたウイルスには新しい宿主が必要だ。時に私たちが、その新しい宿主となる。”
 (補章「私たちがその流行をもたらした――新型コロナ」より

 これまでのスピルオーバーが、なぜ・いつ・どこで起こり大惨事をもたらしてきたのか。過去のスピルオーバーの歴史を10章にわたって詳述してくれます。

 (1)青白い馬――ヘンドラ
 (2)一三頭のゴリラ――エボラ
 (3)あらゆるものはどこからかやって来る――マラリア
 (4)ネズミ農場での夕食――SARS
 (5)シカ、オウム、隣の少年――Q熱、オウム病、ライム病
 (6)拡散するウイルス――ヘルペスB
 (7)天上の宿主――ニパ、マールブルグ
 (8)チンパンジーと川――HIV
 (9)運命は定まっていない――インフルエンザ
 補章 私たちがその流行をもたらした――新型コロナ

本書の白眉は、なんと言っても次にパンデミックを起こし得る病原体の候補としてコロナウイルスを挙げているところです。また、中国がアフリカに進出し、まさにジャングルを切り開いていることにも警鐘を鳴らしています。

まとめと次回予告

COVID-19が5類感染症になり、すべてが終わったかのような日常になっていますが、今でも医療の現場では感染者がめずらしくありません。現在の感染の主体は、XBB.1.16株と呼ばれています。XBB.1.16株はオミクロン株からの変異種ですが、厚労省のQ&Aではオミクロン株に対するワクチンで効果があるのかはっきりしません。重症化率が低下していけば、ワクチンの必要性も低下していくのでしょうか。

ワクチンなどなかった100年前のスペイン風邪も、結局は似たような形で終息していきました。そうしたことを考えると、ワクチン騒ぎや副反応死は本当に必要だったのか…などと答えの出ない疑問も感じます。WHOなどがそれを含めて科学的に総括してくれる日が来ることを期待しましょう。そして未来に向かっては、スピルオーバーをいかに防いでいくのかも。

さて、今回の1冊目で紹介した『ルポ 副反応疑い死』を書いた広岡淳一郎氏は、日本の医療ジャーナリストの代表的存在です。このコラムでもシーズン1の『ゴッドドクター 徳田虎雄』、シーズン2の『ドキュメント 感染症利権』に続き、3冊目の登場でした。ジャーナリストが調査を重ねて上梓した本は、専門の医療者が書いたものより面白いことが多いです。そこで次回は、アメリカのジャーナリストが書いた医療本の中から、アメリカの精神医療史を描く『脳に棲む魔物』『なりすまし』『統合失調症の一族』を選んでみたいと思います。お楽しみに。