El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ドーン

分人主義を具体的に!「ドーン」

ドーン・Dawn・夜明け。2033年に初の有人火星着陸を成しとげた宇宙船の名前が「ドーン」という設定。遠い未来の話はSFとして楽しいのに、少しだけ未来の話はこんなにも息苦しい。

ドーンはいろいろあったが何とか地球に帰還し2036年のアメリカ大統領選挙前後の日々が小説の舞台となる。本書の初版は2009年に刊行されているが、筋書きの上では2026年前後に東京大地震があり、主人公の外科医・宇宙飛行士の佐野明日人(さのあすと)は子供を亡くしている。2011年の震災を先取りした形だ。

そのダメージを振り払うために(?)宇宙飛行士となり火星に到着(2033年)し帰還した明日人だが、振り返られるその宇宙の旅は人間関係ドロドロでかなり悲惨。にもかかわらず、大統領選挙のネタにされてヒーロー扱い。

大統領選挙における共和党候補(現職)キッチンズが男権的な個人主義(=indivudualisim)者、対抗する民主党候補ネイラーが分人主義(=dividualism)者という設定。大統領選挙という対立軸の中で著者の分人主義が披歴されていく。

一人の人間の中が統一的であるべきというindividualismの考えでは、現実と理想の間の食い違いを火星旅行のような大きな夢で雑に包含していかざるをえない。一方、dividualismではさまざまな食い違いを食い違いとして認めながら、それでも折り合いをつけ他者と共存していくために、他者と理解し合える範囲のdividualな人格部分で協調していくという、繊細で一見ちまちましたやり方をせざるを得ない。

そんな、ちまちまして手間がかかるが、冷静で批判的で、一個一個を分析的に捉える生き方。えいやっと思い切ることの否定。煩わしそうだが、確かに2023年の今、我慢できずに大ナタをふるうようなやり方ではダメだという気はする。

なんとなくマッチョな考え方がindividualismであり、フェミニンな考え方がdividualismなのかな・・・。マッチョな女性政治家が多い昨今の日本ではそうとも言えないか。