解剖学的脳科学とは一線を画す、やわらか頭の脳科学
脳科学本といえばニューロンやシナプスの微細構造が云々というパターンや、人工知能とからめて云々というパターンが多くて、どちらも何か脳の本質からはずれているような気がしてならなかった。
そんな時、ふと手に取ってみたこの「バレット博士の脳科学教室 7½章」、これはまさにコペルニクス的転回というぐらい腑に落ちる本だった。
脳をいろいろ分解して考えるのではなく、脳全体の機能はなにか、そしてそれを実現するために脳全体で何をしているか、という具合に全体でざっくりと考えてみる、これがポイント。
脳全体の機能は、Lesson ½にあるように身体全体を維持するための予算管理というか、インプットとアウトプットの調整管理。それがどう実現されているかというと、脳全体が可塑性のあるネットワークを形成し、脳の外からの刺激によってネットワークが作り出され、チューニングされ、強化されたり、減弱する。刺激されることによって自己変革しながら刺激応答できるアンプとでも言おうか。
自分の頭の中にあるのは、これまで受けてきた刺激、その蓄積、さらにチューニングによって作り上げられたネットワークの固まりなのだと。
訳者あとがきに内容がきれいにまとめられている。さらにそれをアブリッジすると・・
- Lesson ½ 脳は考えるためにあるのではない
脳は身体のエネルギーを効率的に利用して生き残りを図る=身体予算を管理する)ために進化してきた。「考える」力は結果的に生じた副産物 - Lesson 1 あなたの脳は(3つではなく)ひとつだ
大脳辺縁系や植物的脳と皮質脳を対立的に考える三位一体脳説の誤りを指摘し、脳は1つのネットワークであることを説く。 - Lesson 2 脳はネットワークである
脳はまさに「ところどころにハブを配置した効率的航空ネットワーク」に例えられる高次元ネットワークにほかならない。 - Lesson 3 小さな脳は外界にあわせて配線する
ネットワークの配線は出生時の基本ネットワークの上に乳幼児期に外界(おもに親)と緊密に接することで、チューニングやプルーニング(pruning=不要部分の剪定)が行われて作られていく。
使うことでネットワークができる。ルーマニアのほったらかし乳児が発達障害児になったという事例は怖い。(日本で最近一般化している乳幼児を保育園やこども園に預けてしまう育児法は、子供の脳の発達上はかなり怖い話かもしれない) - Lesson 4 脳は(ほぼ)すべての行動を予測する
脳は経験によってもチューニングやプルーニングを続けていく。何か行動を起こす場合も脳の中では過去の蓄積から行動前に(意識されない)予測がなされている。うどんを食べる前に「熱い」と予測して口のなかは「熱い」に備えている。
机上の鉛筆を手に持つときロボットは位置を認識して拾い上げるが、人間はすでに鉛筆をもって書くところを無意識に予測しつつ拾いながらグリップして紙の上に運ぶという一連の動作を無意識にやる。この「無意識の予測」はもっとよく利用できる可能性がある。 - Lesson 5 あなたの脳はひそかに他人の脳と協調する
乳幼児期を過ぎても、脳は他者とのかかわりのなかで主に言語によりチューニングやプルーニングを繰り返している。自由と相互依存の問題はある。 - Lesson 6 脳が生む心の種類はひとつではない
脳のネットワークが心や気分をも生み出す。快と不快、活発と不活発などの気分は身体のシグナルとして脳のネットワークに還元され気分を変調する。 - Lesson 7 脳は現実を生み出す
脳はチューニングされプルーニングされたネットワークによって、予測を行い身体行動を起こし、その結果をまた経験としてネットワークをリニューアルしていく。その繰り返しの中で、脳が今わたしの眼前に広がる社会的現実を生み出していった。脳が機能として発達させていった、創造性・コミュニケーション・模倣・協力・圧縮の能力が特に重要。