El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(104)―めくるめくRNAワールドへ!―

ブックガイド(104)https://uuw.tokyo/wp-content/uploads/2022/09/bookguide104.pdf

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。第104回目で取り上げるのは「遺伝子とは何か?」・・・あれ、ちょっとベタで地味なタイトルですよね?

ご心配なく!「遺伝子とはDNAなんですよ」という単純な話ではありません。この本、前半は遺伝子発見の歴史からDNA中心のこれまでの遺伝学を丁寧に解説してくれます。そして後半は最新のRNAワールドの話に展開していきます。ですから、「遺伝子の話が苦手」という人にも、「遺伝子と言えばDNA」というちょっと古いタイプの人にもぴったりの一冊です。

古代ギリシャの「遺伝」から始まって、メンデルによる遺伝学のはじまり、そしてワトソン=クリックによる「セントラル・ドグマ」・・・遺伝の中心には遺伝子を構成する遺伝物質DNAがあり、DNAから必要に応じてmRNAが作られmRNAからタンパク質が作られるというドグマ・・・までが従来の、というか21世紀になるまでの遺伝子概念でした。この本も前半の4章まではこの話なので、ここまででまず古典的なこれまでのDNA中心の遺伝子学を知ることができます。

第5章で話は大きく転換します。DNA中心主義という常識がひっくり返りつつあるのです。遺伝子学が急速に進歩する中でDNA中心主義では理解できないことが数々出現してきました。

そして第6章以後で新しい遺伝子理論の展開が示されます。端的に言ってしまえばひっくり返す理論は、「RNAこそが主人公だとするRNAワールド説」です。例えばパソコンに例えてみれば、CPUやワーキング・メモリーに記憶媒体(HDやSSD)から情報を読み込んで、実際の演算はCPUとメモリーのなかで行われますよね。

これを遺伝子世界にあてはめてみると、DNAって記憶媒体にほかならない。ここから必要な情報を読みだしたものはすでにRNAなのですから、パソコンにおけるCPU+ワーキング・メモリー部分はRNAということ。ちょっと下世話ですが、お金に例えると流通しているお金はRNA、銀行やタンス預金にため込まれているのはDNAということ。つまり、いずれにしても主役はRNA!ということになるわけです。

全DNA配列のうち実際にタンパク質を作るためのアミノ酸配列をコードしているDNAは全体のわずか1.5%にしかすぎません。残りの98.5%にあたる非コードゲノムが必要に応じてRNA化されタンパク合成ではなく細胞内外の様々な機能の発現を調節していることがわかってきたのです。こうして、実はRNAこそが機能の発現と自己の複製の絶妙なバランスをになっている主役だとわかってきました。

セントラル・ドグマで遺伝学はほぼケリがついたなんて考えていた時代に青春期を過ごした私としては、改めて科学の進歩に終わりなしと感じた一冊です。

さらにこの本がすばらしいのは、すべての進歩のステップにおける重要論文がリファレンスされていて、読もうと思えばネット経由で読めるようになっていることです。それを利用すれば英語のオリジナル論文を読んでこの進歩のすべてを追体験することができるのです(まあ、私はやりませんでしたが・・)。たぶん著者はこの本でそうした追体験した感動を報告しているのだろうなと思います。

遺伝子はすごい、DNAはすごい・・と来て、21世紀は「RNAはすごい」ということになります。われわれが赤ん坊として誕生して子供を作り年老いて死ぬ、そうした個人の人生の連鎖は言いかえれば―「生命は、まさにその複製という性質により原始生命の誕生から40億年とも言われる時間を生き延びてきたのである。保有する情報がエントロピーの増大により劣化し消滅する前に、自己のコピーを作るという作業を40億年成功させ続けてきた。」-本書P239から。いやあいい文章です。

それでは、また次回!(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2022年9月)