El librero la Fontana / ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ドクター・ホンタナの薬剤師の本棚(11)

ワクチンあれこれ

f:id:yasq:20210111170401p:plain

新型コロナ、ワクチン接種始まりました

薬剤師のみなさん、こんにちは!ドクター・ホンタナの続・薬剤師の本棚、今回のテーマは「ワクチン」です。
新型コロナウイルス感染症に対するワクチン接種が始まりましたね。薬剤師さんも接種の現場で活躍を期待されているのではないでしょうか。

まずは書店にあふれる「新型コロナ」本の中から一冊。冷静な分析力が感じられワクチンについても信頼に足ると思えたのが、この「新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実」です。ちょっと怪しげなタイトルですが、それからは想像もつかないほどの良書でした。ワシントンDCの米国立研究機関で博士研究員をしている峰宗太郎先生に、日経BPの山中浩之氏がネット越しにインタビューを基にしたものなのですが、その形式が新型コロナやその報道に対する一般人の疑問に理解しやすい道筋を示してくれています。

今回世界中で接種されようとしているのは人類史上初の核酸ワクチンの実用化であり、かなり最先端のものなんですね。緊急事態だということで最先端技術の世界的な社会実験が行われているようなもので、本来必要とされるプロセスをすっ飛ばしての接種であることを理解して、接種が先行している欧米・イスラエルで効果や副反応の発生を見る必要があります。欧米のように死者数が多ければワクチン接種のリスクをとることは合理的と言えますが、日本の死者数レベルであれば先行国の結果を見ながら考える、あるいは旧来型の不活化ワクチンの開発を待ってもいいのではないかという話も納得です。

この本がユニークなのは最後のパートです。新型コロナに限定せず、この情報化社会における情報リテラシー、つまりどうやって情報を集め、吟味し、咀嚼し、自分の決断や行動につなげていくのかという深い話です。医学知識だけではなく、金融商品や保険商品、政治とのかかわり方も含めて、玉石混交の情報の渦のなかからどういうふうに情報を選び取るのか、どんな情報なら信じていいのかを真剣に考える、そのときのわれわれ自身の思考のありかたについての議論です。結局、新型コロナで多くの言説が飛び交う中、自分の頭で考えないといつまでたっても安心はできない・・・それは情報があふれる現代に生きるわれわれが身に着けざるを得ない態度だというわけです。

そして、驚くべきことにこの本の最後に「この本を読んだ人が本を閉じてまず最初に考えるべきこと」として・・・「本は読んだけど峰とY(山本)さんから聞いたことを、本当に丸呑みにしていいの?」という疑問をもつべき・・・うーん、参りました。知的な推理小説を読んだかのような読後感。新書とは思えない充実感でした。

ワクチン小説といえばこれ!

ワクチンを扱ったフィクションってあるのかなと思って調べてみると篠田節子さんの「夏の災厄」が評判よさそうです。場所の設定は西多摩のあたり、夜間救急診療所や保健所が最初の舞台となります。医療者と保健所のお役所仕事のせめぎあいなど冒頭からCOVID-19の日本を思わせる展開。日本脳炎をより悪性化したウイルス感染症がじわじわと拡大していきます。

少しネタバレですがこの新しい脳炎ウイルスは、じつは日本で開発していたバイオ・ワクチン(分子生物学的手法でウイルス抗原タンパクを無害のウイルスに組み込んで接種するもの)が逆に高い病原性を持ってしまったものだったんです。これってCOVID-19でもありえる話ですよね(武漢研究所説)。

感染の拡大とともに街がすさんでいく様子や、昔のニュータウンが時間経過の中でさまざまな機能不全を起こしていくことなどをからめながら、主人公の保健所員がウイルスの出所を解明するために診療所のナースと大活躍。

反ワクチン運動やワクチンの認可にかかわる厚労省との折衝も後半の重要な要素となります。COVID-19でもよく聞くワクチンの実用化まで1年以上かかるのは、そういうお役所的な事情があるのか・・とわかります。

オチまで書いてしまってはだめなので、以下Kindleのメモ機能で本書から抜書きした「感染症あるある」をいくつか紹介しましょう。5年前の本とは思えませんね。

  • この手のごまかしが、統計や検査結果報告書にはまかり通る。
  • 情報の集積のない新しい事態に、機動的に対処する術を官庁は持っていない。
  • 病気で死ぬのは市民の責任だが、副反応で死んだら行政の責任なんだ。
  • 食材のケータリングサービスなどの宅配業が盛んになった。

 

反ワクチン運動についても

「世界の反ワクチン運動」。COVID-19パンデミックで世間はすっかり「ワクチン欲しい」状態になっていますが、反ワクチン運動は今どうなっているのでしょう。日本では子宮頸がんのHPVワクチンに対する反ワクチン運動が記憶に新しい―というよりも現在進行形ですが、世界的に見れば「反ワクチン」は種痘の時代から連綿と続いているんです。本書の原著は2010年初版ですがHPVワクチンの騒動を受けて2018年に日本語版が出版されました。世界の反ワクチン運動を学ぶならこの本がおすすめです。

アメリカでの反ワクチン運動は次から次へと起こるのですが、エポック・メーキングなのは1970年代のDPTワクチンと2000年代のMMRワクチン。本書を読むと事件の基本的な構造はDPTでもMMRでも、日本のHPVでもほとんど同じだということがわかり、人間には根源的にワクチンへの怖れがあるのでないかと考えさせられます。

DPT(3種混合:ジフテリア破傷風・百日咳)を例にとれば、何万人の乳児に接種すればが、接種とは無関係に一定の確率で突然死や脳障害が発生することは自明のこと。しかし実際にわが子がそうした悲劇に見舞われれば、その悲劇の原因を外に求めたいもの。ほとんどの乳児がワクチンを接種されているのですから、ワクチン接種と発病の時間的連続を因果と混同し、ワクチン接種が突然死や脳傷害の原因だと思い込む(思い込みたい)ということが起こるのです。DTPのときには「DPT・ワクチン・ルーレット」というテレビのドキュメンタリーが火をつけました。メディアの功名心もそこにはありました。メディアが火をつけた結果、大きな社会問題となり医療訴訟が多発します。被害者は善、国・ワクチンメーカーは悪というわかりやすい図式は陪審員制度のもとでは多額の賠償金支払いという結果を生み出します。挙句の果てに小児科医がワクチンの接種を控えたことにより百日咳での死亡者数が急増しました。

MMR(麻疹・おたふくかぜ・風疹)ワクチンで自閉症が起こるという今に続く反ワクチン運動はDPTの20年後1998年に勃発。MMRワクチンと自閉症には何の関連もありませんが、ちょうどDSM-Vで自閉症と診断される幼児が増えてきていたことやMMRワクチン接種年齢と自閉症が判明する年齢が近いなどの偶然が重なり、自閉症児の親が自閉症はワクチンの副作用だと言い始めそれを後押しするような論文を書く医師も出現しました。結局はその論文は患者団体有利にするために医師による捏造だとわかりその医師は免許をはく奪されました。これで一件落着・・と思いきやこの医師は陰謀の犠牲者として祭り上げられ、今でも反ワクチン運動のシンボル的人物となっています(ウェークフィールド事件)。そして、この運動はおりしもネットやSNSの時代と重なったためハリウッドスター(ジム・キャリーロバート・デ・ニーロなどが活動家として有名)や政治家がブログやSNSでシロウト論争を繰り広げる事態に。騒動は今も落ち着いていません。

本書によれば、反ワクチン運動を抑え込むには感染症の被害者や家族によるワクチンを推進する運動が効果的らしいです。日本の反HPVワクチンに置き換えて考えると子宮がんで手術をした女優さんなどがそういう運動をすることになるのかな。COVID-19で反ワクチン派の意識がどうかわるのか、要注目です。

 

まとめ

三冊のワクチン本を紹介しました。これを書いている段階で日本ではファイザー社の核酸ワクチン(mRNAワクチン)が医療従事者に優先投与されています。感染拡大から1年というスピードでワクチンが開発されたことは驚きでもあります。それはSARSやMERSなどのコロナウイルスに対するワクチン開発の努力が続けられていたということなのでしょう。

ファイザーのワクチンは具体的にはウイルスのスパイク(細胞に付着侵入する部分)タンパクに相当する約3000配列のmRNAを合成し修飾を加え全体では4300塩基の長さとしたものです。これを脂質ナノ粒子膜で包み液状化して筋肉注射することで筋細胞に疑似感染を起こしmRNAからスパイクタンパクが作られ、それに対して生体の免疫反応が起こります。

文字にすると簡単そうですが実現には数多くのブレークスルーが必要だったようです。まさに最先端の創薬ですね。そのブレークスルーをわかりやすく解説されている日本RNA学会の記事を紹介しておきます。

https://www.rnaj.org/component/k2/item/855-iizasa-2 

ワクチン接種でコロナ禍がどうなっていくのでしょうか。期待したいです。
それではまた、次回。