El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

私の本棚(2)イマドキの産科・発生学に感動!

還暦すぎのドクターには一般向けの医学読み物がぴったり

 還暦すぎの元外科医ホンタナです。手術は当の昔に引退しましたが、医師としての現役引退も近づいてきました。外来に追われ、手術に追われ、その日暮らしの30数年。気がつくと、自分が専門にしてきたこと以外には、いつの間にか門外漢になっていたのです。

 そこで自分自身が今の医学にキャッチアップするため、良質な「一般人向けの医学もの書籍」を読んでいこうと決めました。この連載は、「良質な一般人向け医学もの書籍」を同世代の医師に紹介し、この面白さを共有したい!という思いから始めたブックレビューです。

 前回の記事「エクソシスト病、40年越しの解明」では、「抗NMDA受容体脳炎」の存在を啓蒙する映画の原作本のご紹介と、神経免疫学によって、往年の大ヒット映画「エクソシスト」の病因が解明できたことをお伝えしました。

 今回は、イマドキの産婦人科の様子を教えてくれる本と、最新発生学の興味深い本をご紹介します。

「胎児の顔」でインスタ映え!?

 皆さんは、ネットで「4D 胎児」を画像検索してみたことはありますか?ずらりと胎児の顔写真が並ぶのでビックリ!ですよ!

写真

 超音波検査装置は進歩して、今や胎児の表情まで捉えることができるようになっています。イマドキの産婦人科では、そんなエコー画像や動画を出産前の検査のたびに妊婦さんに提供し、インスタグラムをはじめとしたSNSは、産婦人科でもらった胎児の顔画像で大にぎわい。
 産婦人科の先生にはあたりまえかもしれませんが、元外科医には驚きでした。

4Dエコー、出生前診断…今どきの産科はこんなことになっている!

胎児のはなし

胎児のはなし

 

 この胎児の顔写真のことを知ったのが、今回の一冊目の本「胎児のはなし」です。胎児学の今を、長崎大学病院長で産婦人科医の増﨑先生とサイエンス・ライター最相葉月さんが対談形式で楽しく教えてくれます。

 産科って保険診療ではない部分が多いので、産科医や妊婦当事者でなければなんともよくわからない世界です。わが子が生まれた20年以上前の産科知識しかなかったので、最新の産科医療を知るよい機会になりました。
 冒頭で紹介した胎児の顔写真。太陽の塔のような胎児の顔、顔、顔。2000年以降に出現したエコー装置らしいです。今どきの妊婦さんは、こうして生まれる前に子供の顔を見ているんですね。

 産科の進歩の中で知っておくべきもうひとつは、NIPT(non-invasive prenatal genetic testing)です。NIPT(新型出生前診断)とは、妊婦の血液中に含まれる胎児のDNA断片を分析することで、胎児の染色体の変化を調べられる出生前診断です。検査の対象となる染色体疾患は、ダウン症候群、18トリソミー、13トリソミー。母体末梢血だけで検査できるため、高価(20万円程度)にもかかわらず、結構安易に検査が行われているようです。
 胎児ではなく母親自体の染色体異常も検出するので、胎児の確定診断のためには陽性結果がでたら羊水検査をしなければ確診できないのですが、NIPT陽性だけで9割以上の女性が中絶を選択するらしいです。

生まれる前に治療する 胎児治療の最前線

 増﨑先生の専門は、胎児の疾患を胎内で診断し、治療する「胎児治療」です。出生直前までの胎児は、胎盤という人工心肺(?)装置につながれているようなものです。胎盤につながった状態で母体外に取り出し、胎児の心臓や肺の手術を終わらせてから胎盤から分離し出生となる・・・なるほどアクロバティックですが理にかなっています。
 ただ、生まれる前の治療なので自費なんですね。また、そんな苦労をして救命しても、親からも、もちろん胎児からも喜ばれないという話もあり、なんとなく「生まれる前は命ではない」というような生命観の裏返しなのかと考えさせられます。

 最新の産科ってこうなっているのか・・・。そろそろ孫ができてもおかしくない歳になって、あらためて産科の進歩に驚きです。

退屈なイメージを一掃!こんなに面白い発生学があるとは!

  2冊目は胎児からさらにさかのぼって「発生学」にチャレンジ。学生時代は発生学って退屈でした。教科書もおたまじゃくしのような絵と奇形の写真ばかりでしたしね。ところが、「人体はこうしてつくられる ひとつの細胞から始まったわたしたち」という本が、最新発生学のすばらしい世界を教えてくれました。

DNAは指示するのではなく指示を待っている

 この本を読むと、受精卵から人間ができる、われわれすべてが母親の体内で経験してきた発生の不思議がすっきりとわかります。その不思議で複雑なステップは、たぶん、この記事をご覧の先生がたが想像しているものとはかなり違うでしょう。本書を最後まで読みとおしたとき、その不思議で緻密なメカニズムの結果として自分が存在していること、そしてその自分が発生のメカニズムが書かれた本を読んで「なるほど・・」と考えていることの驚異には、感動を覚えるほどです。

 ビルを建てるには、設計図があって、その設計図にしたがって材料を準備し組み上げていきます。同様に人体も、DNAが設計図で、その設計図の指示にあわせて必要な物質が必要な場所で作られる・・・私はそんなふうに思っていました。でもそれでは説明できないことばかりです。たった一つの細胞から始まって、最終的に兆の単位まで増えるヒト細胞のどれ一つとして「人体の完成形はこうです」という全体像を知っているわけではないですし、どこか外部から指示がくるわけでもありません。では、どうやって?それこそが、この本に書いてあるテーマです。

細胞は状況を感知する

 さわりだけ書きますと・・・受精卵が細胞分裂(卵割)を繰り返す中で、2個4個8個へという分裂の初期段階では、すべての細胞は表面の一部が外界に接しています。ところが、16個あるいは32個くらいまで分裂すると、一部の細胞は他の細胞に周りを覆われてしまい、外界に接することができなくなります。

 この外界に接していないという状況を細胞は感知します。自分が他の細胞に完全に囲まれているのか、あるいは一部が外側の体液に接しているのかを感知し、そのことが次にどのDNAをスイッチ・オンするのかという指示になります。自分が自由表面を持つという刺激が細胞表面から核に伝えられ、それが一連の遺伝子のスイッチをオン(=遺伝子の発現を活性化し)、それらの細胞は栄養外胚葉(胎盤を作るもとになる)になります。一方、自由表面を持たない細胞は内部細胞塊と呼ばれ、こちらはスイッチをオンにしません。

 このように「直前の状況」を感知し、それによって次に何をするか(どの遺伝子の発現を活性化するか)が決まる。すべてがこの仕組みの緻密な繰り返しを基にした連鎖反応(カスケード)です。「直前の状況」とは多くの場合、特定の遺伝子の発現により合成されたタンパク質の濃度勾配の感知や、あるいはそれら濃度勾配を感知できるレセプターが出現しているかどうかです。

 なんだか私の拙いまとめはイマイチですが、本書を読むとかなりの部分が明快にわかります。そしてわかっていくことが楽しく、まるで自分が受精卵から胎児になっていくかのような感覚で読み進められます。また、ところどころ引用されている警句やその解説では、ウイットにあふれる表現が楽しめます。

 内科・外科・病理・遺伝子などはそれなりにアップデートしてきたつもりでしたが、今回この本で発生学の「今」を知ることができてよかったです。カバーが不気味、やや高価、重い・・いろいろ難点はありますが、挑戦する価値の高い名著です。

勢い余って本物の教科書も購入 

 感動のあまり、書店にいって発生学の教科書を眺めているうちに、図版の美しさもあって買ってしまいました「ギルバート発生生物学」。これまたすばらしい本です。昔の発生学が、分子生物学のパワーで「発生生物学」に進化していました。楽しめますよ。

ギルバート発生生物学

ギルバート発生生物学

  • 発売日: 2015/03/25
  • メディア: 単行本
 

次回予告

 このブックガイドは、看護学生やパラメディカル系の学生さんへ医学の基礎を教えるという出来事がきっかけではじめました。60歳前後の医師の皆さんのもとには、そのような依頼も増えてくるのではないでしょうか。
 最近は医学部の授業でもパワポや動画を使っており、教科書と板書で教えるというのはあまりにもクラシック。書店で調べてみると、医学分野でもマンガを多用したテキストが全盛期でした。さらにはYouTubeとコラボしたテキストもあり、これらを利用しない手はありません。

 次回は、「このネット時代に医師が講師として効率的な医学教育を行うには」という視点で、リソースを紹介したいと思います。