El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(50)医師に弁護士、資格商売の浮き沈み

——医師に弁護士、資格商売の浮き沈み——

医師の不足と過剰: 医療格差を医師の数から考える

医師の不足と過剰: 医療格差を医師の数から考える

  • 作者:桐野 高明
  • 発売日: 2018/09/21
  • メディア: 単行本
 

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしてます、査定歴22年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。時代が変われば、あるいは、お国柄でも業種の社会的評価はずいぶん違うもの。そこで今回は、医学そのものからは離れますが、ライセンス稼業の歴史的変遷を取り上げます。

 たとえば、弁護士会歯科医師会が平成を振り返ったとするならばその社会的地位の凋落を嘆かずにはいられないのではないでしょうか。本書は「医師」をタイトルに掲げてはいるものの、今世紀になってからのいわゆる国家ライセンスに基づく職業、具体的には弁護士・公認会計士歯科医師・薬剤師・柔道整復師について、それらの職業に関わる社会の需要変化・国の制度変更・判例などがその職業に及ぼした影響をリアリティをもって理解できる貴重な記録になっています。医師についてはまだそこまでドラスティックな制度変更はないのですが、こられの他職種の浮沈の歴史を知ることは医師の将来を考える上でもかかせません。

 これらのライセンスを得るためには大学や大学院などの養成施設などを卒業することになります。新規ライセンス獲得者数は養成施設の入口(つまり入学者)と出口(つまり資格試験合格者)のバランスでコントロールされます。医・歯・薬については長い専門的養成期間を終えて出口ではじかれるというのは考えにくいので、ほとんどの資格はこれまで入口(つまり定員数)でコントロールされてきました(資格試験方式)。いわば狭き門にすることで質・量をコントロールしてきたわけです。逆に弁護士・公認会計士の場合は、資格試験の受験資格がゆるやかなので出口を難関としてコントロールしてきました(選抜試験方式)。どちらの方式にせよこのコントロールがゆるむと資格取得者が激増します。

 弁護士を例に取ると、外圧もあって2001年の司法制度改革で弁護士資格保有者を増やそうということになり司法試験の合格者を年間3000人(倍増以上)にするということになり、参入障壁の少ない法科大学院が激増し弁護士数が増え始めました。ところが急に2倍の弁護士が出現してもその受け皿が急に2倍になるわけもありません。食べていけない弁護士問題がすぐに発生しました。ところがアクセルを踏むのは簡単でもブレーキは難しい。急に合格者数を絞ったためこんどは大学院を出ても合格できないということになります。司法試験は受験回数制限があります。大学院そのものが淘汰されピーク時の半分くらいに減少していますがそれでも大学院はでたけれど試験に合格できないまま回数制限にもひっかかった人は15000人もいるらしいです。

 今、激増しているのは柔道整復師らしいですね。資格としては柔道とは無関係というのも驚きました。1998年に厚生省(当事)が福岡の養成所に新設不許可決定を出し裁判になり福岡地裁が「国が自由な競争に制限を加えるべきではない」という微妙な判決をくだしたため、その後養成施設は雨後のたけのこ状態で、10年ほどで14から97に激増。この先、施術所はコンビニなみに増えそうらしいです。歯科医・薬剤師も定員割れする大学がでるなど過剰感があるのはご存知のとおり。貧困歯科医という言葉も聞かれます。公認会計士は数年で旧制度に逆戻り。柔道整復師はどうなるのか。

 これらの事象の多くは、小泉政権ぐらいからの「規制緩和」いわゆる新自由主義的なマインドがその根底にあったと考えられますが、国家資格により質と量をコントロールしている職業に新自由主義を持ち込んだゆえの矛盾でしょう。

 本書の前半、他職種の惨憺たる現状の分析はとても参考になりました。それを踏まえて医師数はどうすべきというのがテーマが本書の後半ということになります。その後半も読み応えありますが、前半だけでも読む価値ありのお薦め本です。また医師に限らずライセンス稼業に就いている人や就こうとしている人にとっては必読書です。 
(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2019年7月)