—病理医あるある物語—–
気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております、査定歴21年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「病理医」。病理診断といえば支払査定では絶対のファイナル・アンサーとも言うべきものですが・・・さて、その診断をしている病理医ってどんな人?というわけです。
最近、自分よりもずいぶん若い医師が書いたものを読むことが増えました。単に自分が歳をとってそうなったということもありますが、若い世代の価値観が自分たちとは違ってきてるというのがひしひしとわかるので、それが刺激的なこともあります。「いち病理医の『リアル』」を書いた市原先生は40歳前後、札幌厚生病院の「病理医」です。丸善出版から出ていて2800円もしますが医学書ではなく一般向けの内容です。医師ではないけれど病理診断と関わるような、たとえば保険の支払査定や引受査定で病理診断書を目にすることがあるという人にはおすすめです。本書前半で病理医の暮らしぶりがよくわかります。計画的にきちんと仕事されているなあ、というのが第一印象です。一方で、ツイッターとの関わりなどはけっこう濃くって、40歳くらいの医師のPCライフやネットライフが垣間見えます。
支払査定では「病理診断」の絶対性は相当強いと思うのですが病理診断にもグレーゾーンは結構あるんですよ。生き物の特徴は表現形がデジタルではなくアナログに変化することです。ここまで良性でここから悪性という境目は決定不能です。ですから病理医は「良性か悪性か病理学的に確診はつけられないけど、切除したほうがいい」と思った場合には「がんを強く疑う」と病理診断するわけです。またたとえば、臓器によっても表現を変えます。胃や大腸であれば手術もそれほど大変ではありませんから「癌を強く疑う」と書くのに躊躇しませんが、膵臓であれば自分の病理診断の結果が、かなり大掛かりな手術になるので癌をほのめかすハードルは高くなり、「注意深い経過観察をお勧めします」あたりの表現になったりします。つまり、病理診断というものはそういう医療現場とのコミュニケーションの上で、時間の経過も織り込んで成り立つものだということです。このことは本書の前半を読むと納得できます。
本書の後半は「AIによる病理診断」についてです。医療の中では病理診断と放射線科の画像診断がAIにとって代わられるのではと言われています。生命保険のアンダーライティングにも通じる話ですね。話題のDeep Learningの本質にもかなりせまっています。Deep Learningは簡単にいえば「人間が判断の基準やアルゴリズムをこと細かに教え込まなくても、事例のデータ(たとえば大量のネコの写真データと「これはネコ」という判断)を膨大な数AIに投入すれば、勝手に特徴をつかんで学習する」ということです。つまり、胃がんなら胃がんの検体を大量にAIに学習させれば、そこに含まれている複合的な情報を用いて、AIが勝手に「胃がんとはこういうものだな」と判断してくれるのです。
それでは、病理診断医(もアンダーライターも査定医も)って将来なくなっちゃうのか、という最後の部分までには本書は踏み込んでいませんが、病理診断業務メインから、「コミュニケーター+研究者」業務へのシフトは示唆されています。まあ妥当なところかも。この本のおかげでDeep Learningについてはもうちょっと勉強しなくてはと痛感しました。世の中すべて加速をつけて変化していますね。加速をつけた適応力というのが人間にも求められるのでしょうか。せわしないと・・・思うのは・・・歳のせい?(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2018年11月)
関連本・サイトなど
病理医岸京一郎の所見
病理医がヒーローという異色の漫画「フラジャイル 病理医岸京一郎の所見」、結構面白いです。アニメにもなりました。最新号は第16巻。