El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(115)ー遺伝か環境かー

https://uuw.tokyo/book-guide/

―遺伝か環境か―

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。第115回目のテーマは「統合失調症」。前回の「なりすまし」に引き続いて精神医療のドキュメンタリーを紹介します。

「統合失調症の一族」もまた「なりすまし」とは別の角度からみた精神医療史です。タイトルもインパクトありますが表紙カバーの家族の写真が圧巻です。階段に並ぶ10男2女の子供たちを得たギャルビン家、8番目くらいが私と同年生まれなのでわれわれとほ
ぼ同時代の実話です。子どもたちが小さい頃の子だくさんで幸福そうな写真、しかし
思春期になっていくにしたがって男の子10人のうちの6人が次々と精神の異常をきたし統合失調症と診断されていきます。

天使のような子供たちが、病気によってまるで悪魔のような行動をとるようになっていく過程、そしてそれが次から次へと・・・平静を装うかのようにすべてを支え続ける母親、11番目と12番目に生まれた女の子であるマーガレットとメアリーの翻弄される人生。これはもう悲惨という言葉だけでは言いつくせません。

全45章は、それぞれの子供たちのトピックを描きながら、5-6章ごとに医学としての統合失調症の研究の歴史を織り込みます。そしてその研究がギャルビン家を対象とすることで一体となって進んでいくのも読みどころです。

精神の異常をきたした息子たちはあっという間に生活が立ち行かなくなり、結婚は破綻、無理心中あり、薬剤による死ありで、もう本当に大変です。そして後半はマーガレットとメアリーが主役に。成長し結婚し一家と距離をおくマーガレット、かっての母親のように一家を支えようとするメアリー。まさに患者目線そして患者の家族目線で見た統合失調症一族の歴史です。

研究面では遺伝子工学の進歩によってギャルビン家における遺伝子異常(SHANK2)が明らかにはなり治療法につながりそうな発見もあります(遺伝重視の治療)。一方で、リンジーが自分の子供たちの発病に予防的に介入して効果をあげます(こちらは環境重視)。そうした遺伝か環境かという議論も踏まえながら、リンジーの娘ケイトが統合失調症の研究者を目指すところまでが描かれます。

この本はマーガレットとメアリーの自分たちの家族の歴史を世間に知ってもらおう記録として残そうという強い意志のもと、彼女らの全面的な協力で作られたようです。集められた膨大な資料や個人的記録から生み出された500ページです。リアリティにあふれたドラマにを読むことで統合失調症の疾患概念・その歴史的変遷・治療の変遷などを教えられました。著者ロバート・コルカーの筆力にも脱帽しました。

アンダーライティングの現場ではなかなかその実態を理解することがむずかしい統合失調症ですが、本書を読めば全体像をつかめます。ぜひ手に取ってみてください。
(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2023年8月)