El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(113)ー 効いてない!がん治療ー

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ー 効いてない!?がん治療ー

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。第113回目のテーマは「がんの薬物療法」。 これまで、第103回「ヒトはなぜ『がん』になるのか」第111回「がんは裏切る細胞である」の2回にわたってがんの本質とはなにか、そして「がん遺伝子パネル検査」を含む個別化高価格治療がいかに的をえていないかをお伝えしました。しかし現実にはそうした「的をえていない医療」がんの薬物治療の主流になっているのも事実です。なぜそんなことに?

その疑問に答えてくれるのが今回紹介する 本「悪いがん治療」。現役の腫瘍内科医が医薬品開発・医薬品行政の根本的な問題を明らかにし、医学で言われる「エビデンス重視」のワナに警鐘を鳴らしながら、がん患者にとっての真の利益とは何かを考えます。

確かに抗体医薬ががんの治療に使われるようになりがんの薬物療法は大きく変貌しました。もちろん効果がある場合もありますが、そもそも手術療法で根治できないような進行がんに対する治療なので大局的には「いくらかの延命」はあるにしても「根治」を目指すことが難しいのは当然です。それなのになぜ大きく取り上げられているのでしょう。

一つには薬価がべらぼうに高く、薬剤メーカーが莫大な利益をあげられるから。一つには一定数の進行がん患者は常にいて治療の対象に事欠かず、わずかな延命に終わったとしても「そんな延命なんてムダ」とは言いにくいという心理があること。一つには大多数の人にとっては他人事で無関心なので、公的健康保険から莫大な薬代が払われていても直接的な損害意識が起きない、などの要素があげられます。

本書では①がんの薬の効果はどれくらいで、値段はどれくらいか ②がんの医学をゆがめる社会的な力 ③がん治療のエビデンスと臨床試験を解釈する方法 ④解決 の4部にわけて、臨床医が正しいがんの薬物療法に至るまでの、困難ともいえる道筋を示してくれます。

その中でも特に気を付けたいものとして取り上げられているのが「代理エンドポイント」です。抗がん剤による治療の効果判定には生死や生存期間のような客観性のあるゴール(=エンドポイント)が使われるべきなのは言うまでもありません。しかし、現実にはそうしたエンドポイントの代わりに「CT上で計測した腫瘍の大きさ」のようなエンドポイント(これを代理エンドポイントと呼びます)が使われているのです。

代理エンドポイントで「効果あり」と判定されても、患者の延命や治癒には直接つながらない場合が多いのです。「がんは小さくなったけど・・・余命は短縮した」ということです。またその薬物を開発する人間が効果判定するわけですから代理エンドポイントでは効果判定をする測定者の恣意性が入りかねません。代理エンドポイントを利用した恣意的なエンドポイント判定とそれを利用する製薬研究の実態がは驚くばかりです。

代理エンドポイント問題以外にも多数の事例から「製薬メーカーのご都合主義的な証拠の解釈や統計操作、研究者や政策決定者への金銭供与」や「研究者の功名心や、政策決定者の天下り先温存指向」などのさまざまなバイアスがあるのです。それを乗り越えて、がん治療医がいかにして意義のある研究論文を読み解き、正しいがん薬物療法をチョイスしていけばいいのかという道筋が示されていきます。

がんに対する分子標的薬・抗体医薬が注目を集めたのはつい最近のことと思っていましたが、オプジーボの発売から約9年が過ぎ、いつの間にかこの分野が創薬の主戦場となっています。日本でも腫瘍内科医を目指す医師が増え、腫瘍内科を標榜する病院が出てきています。そして次々と開発される分子標的薬・抗体医薬…やはり、カネになるということが一番なのでしょうか。

しかし、その先にはこの本のサブタイトルにある「誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか」というフレーズが現実の問題として浮かび上がってくるのです。そして「がん治療費用を保障する保険商品」がはらむリスクもみえてくるでしょう。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2023年6月)