El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(9)しかし、ほとんどはこの30年のできごと

——しかし、ほとんどはこの30年のできごと——

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新の医学知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています。査定歴20年の自称「査定職人 ドクター・ホンタナ」です。さて今回は・・・大作です!(きっぱり)

目の前の告知書や診断書、そこに書かれている医療はまさに今、日本で行われている医療です。たとえば、私が1986年に医師免許をいただいてからの30年の間にさまざまなイノベーションがありました。臨床医のときはそれをリアルなものとして学び受け入れてきましたし、保険の世界にはいってからは、医事新報やMedicinaなどなど雑誌を読んだりすることで知識をリニューアルしてきました。日進月歩のせわしない毎日です。これまではそんな状態を、まさに最近の急激な医学の発展のせいだと思っていました(皆さんもそうですよね?)。

その思いが「今を生きていることによる思い上がりではないか?」と、ハッと気ずかせてくれた本が今日紹介する「がん‐4000年の歴史」です。文庫本で上下あわせて千ページの大作です。これを読むと、病気と人間の闘いの歴史は、有史以来、人間の側が不断にイノベーションし続けることで進んできた、ということが強く実感できます。自分が医学部で学んでいたそのときも医学は静止状態にあったわけではなく、今と同じように激しいイノベーションの途中だったということです。

しかし、医学教育では、いったんはその時点のスタンダードを教え・学ぶしかない。しかし、そうすると学んだ側は自分の学んだスタンダードをまさに医学のスタンダードと思い込んでしまう。これはアンダーライターでも同じだと思います。しかし医学はstatic(静的)なものではありえない、それを肝に銘じなければなりません。

私が学んだ古典的ながん化学療法・過大な根治的外科手術、それらが合理的・科学的な最新の治療に取って代わられていった、どれもこれもこの30年ぐらいのできごとなのですから、自分がいかに新知識を学ぶことに対して怠惰であったか思い知らされました

スマホが毎年のように新機能を備えてリニューアルされるのと同じように、医学・医療もリニューアルし続けています。数年前の旧モデルのスマホが使い物にならないように、10年前の医学も使いものにならない。自分自身をニューモデルに置き換えることができないいじょうは、自分の頭を自分自身の不断の努力でリニューアルし続けるしかない・・・そんな気づきの一冊(いや二冊)です。必読。

ピューリツァ賞受賞作。著者はインド系アメリカ人ですが、彼以外でもインド系の医師の書いた医療本が増えてきてアメリカ医療のインド化(?)を感じます。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2017年11月)

(注)本書は2013年に単行本として刊行された『病の皇帝「がん」に挑む 人類4000年の苦闘』(早川書房)を改題・文庫化したものです。英語原書の「The Emperor of All Maladies」のKindle版は11月3日時点で200円でダウンロードできます。