El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

窯変源氏物語(8)

㉛真木柱・㉜梅枝・㉝藤裏葉・㉞若菜(上)

「真木柱」までで「玉鬘十帖」が終わり、「梅枝」で明石の上が入内、「藤裏葉」で夕霧と雲居の雁が結婚・・・と懸案事項が片付いて源氏物語第一部が終わる。そして全体のハイライトとしての「若菜(上)」「若菜(下)」へ。

真木柱(まきばしら)・・玉鬘の最終章。源氏や帝が玉鬘を自分のものにしたいという欲望がありながら世間体やら手続きに躊躇している間に、とんびに油外(あぶらげ)ではないけれど実力行使でものにしてしまったのは髭黒の大将。とはいえ、髭黒の大将にも狂気の先妻がいた。その先妻を里へ返し、内侍として出仕した玉鬘を実力行使気味に二日で宮中から下がらせ、困難をものともせず玉鬘との新生活を成就する。無骨なやりかたが繊細(を装う)源氏らを出し抜いた。帖のタイトル「真木柱」とは「生家の思い出の柱」から転じて、父と別れて母の実家に移らざるを得なかった髭黒と先妻の間の娘のこと。「女は思い出で生きて行くものではない。その日々の暮らしの中に”思い出”なるものを育むことはあっても、思い出は、女の暮らしを成り立たせない。」

梅枝・・源氏と明石の女の間の娘ー明石の上が成人して裳着(もぎ)の儀をおこない、春宮への入内に備える。それに合わせて前半では香道のウンチクが語られ、後半はかな文字のウンチクが語られる。源氏物語ではこのウンチクがよく盛り込まれている。レ・ミゼラブルや白鯨のウンチクが有名だが、それらが作者の言葉として語られるのに対して源氏物語のウンチクは登場人物が語ることが特徴のようだ。源氏が子供世代につてい「近頃の若い者は・・・」的な発言が目立つ。光源氏、アラフォー。

藤裏葉・・前半、親どうしが疎遠になっていたことから結婚できないままになっていた源氏の息子・夕霧と内大臣(かっての頭の中将)の娘・雲居の雁が結ばれる。中盤、明石の上が春宮(とうぐう)に女御として入内、明石の女が世話係に。後半、帝(冷泉帝)が40歳になる源氏を准太上天皇とする。

少し整理しておく。物語の始まりの桐壺帝の子供として朱雀帝・光源氏・冷泉帝がいる。ただし冷泉帝は本当は桐壺帝そばの藤壺の女御と光源氏の間の不義の子。皇位は桐壺帝ー朱雀帝ー冷泉帝ー春宮(朱雀帝の子、明石の上が妻)と移っていく。実の父が光源氏であると知った冷泉帝は光源氏に自分の兄・朱雀帝(すでに朱雀院)と同じ上皇(=太上天皇)に准じる立場を与えた。一度、臣籍に降りた光源氏がここで皇籍を得たことになる。

若菜(上)・・朱雀院が出家するにあたり娘である内親王・女三宮を光源氏に正室として押し付ける。それがきっかけで紫の上との間がギクシャク。家に居づらくなった源氏は朧月夜に安らぎを求めてはそれをまた紫の上に報告したりーいろいろしゃべりすぎ!その心理はわかるが・・。源氏40歳は今でいえば60歳くらい?

春宮に嫁いだ明石の上が男児を出産。明石の入道ー明石の女ー明石の上と三代にわたる悲願の成就を語り継ぐ一族の物語に女の執念と男の虚しさを感じる源氏。多くのことが源氏の思い通りにはいかなくなっていく。

若菜とは長寿を祝う七草がゆみたいなものか。老いていくのに若菜、老いていくが故の若菜。この「若菜」から源氏だけではなく様々な登場人物がそれぞれの思いで動き始める(ポリフォニー?)群像劇。