アンドレ・ジッド・ウィーク
20040802 ジイド「贋金つくり(贋金つかいでもよい)」を読了。世界ではじめてメタ小説の技法を取り入れたものということで筒井康隆「本の森の狩人」で取り上げられている。人間描写、心理変化描写、人間関係描写などさすがノーベル賞作家。全体としては、先が見えていたり、メタの部分がバレているので期待したほどのものではないと思うが、その当時にこの着想は驚くべきことだったのだろう。垣間見える、フランスの優秀な文人の暮らしぶりも興味をそそる。
20040805 帰りの電車で「背徳者」読了。
20040809 朝の電車から読み始めたジイド「狭き門」200ページのほとんどを、上に書いた電車の号泣騒動にもかかわらず帰りの電車で読み終わり、家に帰って読了す。文庫の解説がよく書けているのだが、人間の道徳的あるいは宗教的な徳・倫理観と人間の本来的自由への希求との間で、「背徳者」は自由への希求過剰であり、「狭き門」は過剰な徳へのこだわりであり、この両極端を意識してジイドが同時期に書いたもの。ジイドを続けて読んでいるが私にはなかなかおもしろい。手元にはあとは「田園交響楽」だけであるが絶版岩波で「モンテーニュ論」もあり、これは探してみたい。
20040810 朝の電車で読み始めたジイド「田園交響楽」するすると読めて読了。「背徳者」と「狭き門」のエッセンスといえばいいか。それに、目が見えたときの女の態度の変化はちょっとぞくっとする。ちょうど娘が夏休みの読書感想文の対象を探していたのですすめるが語彙が難しいかもしれない。その関連で中島敦の「山月記」をすすめ、これも語彙が難しいが短いので読み聞かせる。例の「球ならざるをおそれるがゆえに刻苦勉励できず、とはいえ、球なることを半ば信じるがゆえに瓦に伍することもできず」のくだりはいつ読んでも胸に響く。