El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(110)ー まさに悪魔との闘いー

https://uuw.tokyo/book-guide/

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。第110回目のテーマは第100回の「超耐性菌」からもう一歩耐性菌問題に踏み込んだ「超耐性菌 VS ファージ療法」。

取り上げる本のタイトルは「悪魔の細菌」-いかにも怖ろしい。「パターソン症例」という感染症分野で有名な症例報告があるらしいのですが、本書の共著者、トーマス・パターソン氏がまさにその「パターソン症例」のその人です。

パターソン氏は抗生物質が効かない超多剤耐性菌のひとつ、アシネトバクター・バウマニという細菌感染で敗血症を繰り返し死の淵まで行きながら、妻(もう一人の著者ストラスディー氏)の必死の努力の末、細菌を殺すウイルスであるバクテリオ・ファージによる治療を受けて、奇跡の回復をとげました。

この当事者の夫妻が当時のSNSへの書き込みやメールのやり取りなどの記録を駆使し、400ページにもおよぶ圧巻のドキュメンタリーを完成したのです。本書の日記風の記載をなぞると以下のようになります。

・2015年11月29日-12月3日:
 観光で訪れたエジプトで、夫(68歳)が突然の体調不良を起こし急激に状態が悪化。現地の病院では手に負えない状態に。

・2015年12月3日-12月11日:
 保険会社の手配により専用機でフランクフルトに運ばれ入院。胆石の陥頓による急性膵炎で膵臓の一部が溶け仮性嚢胞(フットボール大)ができ、そこに多剤耐性菌アシネトバクターが感染していることが判明。

・2015年12月12日-:
 専用機でサンディエゴの自宅に移動。そのままカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)ソーントン病院のICUに入院するが、多剤耐性で抗生物質が効かず一進一退しながらも次第に悪化。

・2016年1月17日-:
 敗血症と呼吸不全を合併し人工呼吸器管理に。腎機能も低下、敗血症も一進一退で次第に消耗し医師から助からない確率は80%と言われる。抗生物質の効果がないため打つ手なしの状態が続く。

・2016年2月21日-:
 疫学研究者の妻はPubMedなどを駆使しファージ療法の存在を知る。米国内のファージ研究者に助けを求めるメールを出す。患者(夫)は死線をさまよう状態が続く。

・2016年3月17日-:
 米国初の細菌感染に対するファージ療法開始。一時はファージに対する耐性が出るが複数のファージの組み合わせ、あるいはファージ+抗生物質で細菌感染がしだいに沈静化していく。

・2016年8月12日:発病から259日目、リハビリを経て退院。

怒涛の展開で400ページを一気に読みました。得られた教訓は4つ。

  • いうまでもなく多剤耐性菌の恐怖。
  • ファージ療法の可能性。ロシアやグルジアなどの共産圏では以前より使われることがあったファージ療法は抗生物質全盛時代になり表舞台から消えましたが、耐性菌の出現で新たな有用性を見出されるかもしれません。
  • 旅行保険の重要性。海外、特に途上国へ行く場合などは専用ジェットによる移動などがカバーされている保険であることが重要です。
  • 記録の重要性。日常的にSNSでメモをとる習慣があり、緊急時でも記録が残っていたことがこの本の完成につながりました。日々の変化が写真も含めてSNSに記録されていることで、一連の出来事をリアルに再現できています。

UCSDのファージ療法のページでは、パターソン氏の病状の変化を動画や写真などで知ることができます。これもまた圧巻のドキュメンタリーです。COVID-19感染症がようやく5類になりますが、次はいよいよ薬剤耐性菌の時代ですかね。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2023年3月)