El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

クライマーズ・ハイ (Audible)

悲しい思い出

1985年、医者にはなったけれど大学院生でもあった私は4月から初めての東京暮らしをしていた。生活費は病院の当直バイトで稼がなくてはならない身分だったのでお盆の時期は稼ぎ時で、8月12日月曜日の朝、大学医局の先輩が土日と当直していた病院に行き、彼と当直を交代した。

その先輩は大阪にガールフレンドがいて、そのまま羽田空港へ向かい夏休みを彼女と過ごすために大阪に飛ぶらしく、とてもうきうきしていた。「じゃ、楽しんできてください」と送り出した。それが先輩とかわした最後の言葉になった。彼の乗った飛行機はJAL123便で、群馬県御巣鷹山に墜落した。

あの事故をメインにすえた小説ということでAudibleで聴いてみた。事故当時のことがよみがえるというのは確かにあった・・・。あの事故から38年か、と。65年も生きていると悲しい思い出もいくつかはある。

今では、この小説を読むことがあの事故を振り返る数少ないよすがになっているとも思った。そういう意味でこの小説の存在意義はある。

ただ、それ以外の部分、新聞記者の主人公のメンタリティや親子関係、地方新聞社の派閥抗争、つまりフィクション部分はどうにも戯画的で辟易し最後まで聴くのに苦労した。この作家の作品は「半落ち」や「ノースライト」で映像化されたものをみたことがあるが、そのときも同じことを感じた。たぶん自分には合わないのだろう。それもまた再確認出来た。