El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

がんは裏切る細胞である 進化生物学から治療戦略へ

目からウロコ! 進化生物学者が「がん」を語ると腑に落ちることばかり

進化生物学者が「がん」について考えると現在の治療(特に「がん遺伝子パネル検査」がからむような、個別化高価格治療)がいかに的を得ていないかよくわかる。そういう意味で刮目すべき本。

大きく3つのパートから構成される。

① まず「がん」ができる理由。多細胞生物は細胞分裂を繰り返しながら成長し、継代する中で種としても進化していくという特徴はまさに、個体(の細胞分裂)レベルでも繁殖時の継代レベルでも遺伝子が変異することを利用したものであり、その特徴はそのまま「がん」ができてしまうこととトレード・オフである。

ゆえに、ある多細胞生物種が「がん」ができないように変異に対して非許容であれば、その種は種の進化に対しても非許容となり、環境に適応した進化ができず滅亡するわけで、現在種として繁栄している多細胞生物はそれなりに遺伝子変異を許容する仕組みを内包していることになる。

② 「がん」が淘汰をいかにして逃れているか。生態系(微小環境・微小循環など)・協力理論などーこの部分はかなり基礎研究的で理解するのに骨が折れるーを駆使して解説される。わかりやすいように、類似のものとして「DDTと害虫駆除」や「多剤耐性菌と抗生物質」の関係が挙げられており、そこから理解するとわかりやすい。がん細胞も遺伝子的には均一ではなく多様であり、また未来に向かっても多様に進化していくので、現在のがん細胞を死滅させようと効果のある抗がん剤で治療すると、その薬物には耐性を持ったがん細胞が生き残り、あるいは進化する。同時に抗がん剤で破壊された環境はそのあらたなるがん細胞の悪性の振る舞いを助長する。叩けば叩くほど、悪くなっていくということ。

③ それらを踏まえての新しい治療戦略は「適応療法」。今ある「がん」をやっつけすぎない、ただし患者の命にかかわらない程度に増殖させない・・・そんな治療戦略が提示される。

もちろん、初期のがんで外科的に完全切除できるものは切除すればいいが、そうできなくなった場合に、あえて抗がん剤で叩きすぎないようにして「がん」との共存をめざすべき。

進化生物学には以前から興味がありいくらか読書もしているがそれらは現在の生物までの「過去の進化」が主体だった。未来のがん治療につながる進化生物学・・・まさに目からウロコ。

ちょうど「がんの個別化治療Precision Medicine」や「がん遺伝子パネル検査」が期待に応えられない状況が次第に見えてきてい中で、かなり腑に落ちる話だった。

パート①は以前レビューした「ヒトはなぜ『がん』になるのか」でも論じられていたが、②③の視点は新しい。