ブックガイド(102) https://uuw.tokyo/book-guide/
気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。第102回目のテーマは「人類の長寿の歴史」を探ります。この長寿化で生命保険は大きな恩恵を受けたのですが、具体的には長寿はどんなステップでおこったのでしょう。
寿命の延び(=ゼロ歳の平均余命の延び)は乳幼児死亡率の劇的減少(20%→1%)で起こりました。20世紀の前半まで子供の何割かが大人になる前に死んでいたんです。その子供たちがほぼ全員成人になり生殖して子供を作る、それで人口爆発が起こるんです。本書はこの事実をメインに据えながら、それをもたらした、あるいは補完したイノベーションを8つ取り上げます。章ごとに紹介します。
- 第1章 平均寿命の測定
寿命という概念ができ、それを記録することで平均寿命という概念ができました。そこから集団ごとの平均寿命の差は乳幼児死亡率の差であることがわかりました。 - 第2章 人痘接種とワクチン
では、乳幼児はなぜ死んだのか。これは端的に感染症が原因でした。特に天然痘が重大な死因だった時代は長く続いたのです。中国やインドで行われていた人痘接種をメアリー・モンタスキューがイギリスに持ち帰り、それがジェンナーの牛痘につながり天然痘にかかる人は急速に減少し、ついには1979年の根絶宣言が出されました。 - 第3章 データと疫学
工業化し人口密集した都会でのコレラなど不衛生に由来する感染症を細菌学以前の社会で激減させたのは発生のデータと疫学的思考です。ジョン・スノウの井戸汚染の発見から上下水道が分離され衛生が向上しました。 - 第4章 低温殺菌と塩素殺菌
産業革命以後、都市化にともなう牛乳の産業化と汚染牛乳死が顕在化してきます。天然牛乳信奉を打破する啓蒙と低温殺菌法の義務化、同時に飲料水の塩素消毒により牛乳や水による感染は激減しました。 - 第5章 薬の規制と治験
法規制がなかった製薬産業のせいで薬剤死が頻発していた状況はなんと1950年頃まで野放しでした。サリドマイド事件(アメリカはFDAの厳格さで救われる)後に、薬剤の安全性、さらには効能を証明する義務が制度化されました、その手段としてのランダム化比較試験(RCT)の定着も以後の医学に大きな影響を与えます。 - 第6章 抗生物質
フレミングのペニシリン発見からフローリーとチェーンによる実用化へと進み、第二次世界大戦の戦略物質となり米英の勝因の一つにもなりました。 - 第7章 自動車と労働の安全
自動車事故死が普通に起こっていた時代(ジェームス・ディーンや赤木圭一郎の時代)があったんです、鉄道労働者の事故死も多く安全観念が十分ではない時代でした。ボルボが三点式シートベルトの特許を無償開放し自動車事故死は75%減少し安全社会へと変貌します。 - 第8章 飢饉の減少
1940年頃の大飢餓時代。土壌の窒素循環への気づき、鳥糞や魚肥の時代を経て、1908年のフリッツ・ハーバーが発見した窒素固定法により化学肥料が実用化され農業の大増産が起こります。タンパク源は1920年代、偶然にはじまったブロイラー農業による鶏肉の時代へ。
というわけで、著者によるまとめは
● 数十億人の命を救ったイノベーション
化学肥料・トイレ/下水・種痘とワクチン
● 数億人の命を救ったイノベーション
抗生物質・二股針(種痘の普及)・輸血・塩素消毒・低温殺菌
● 数百万人の命を救ったイノベーション
エイズカクテル療法・麻酔・血管形成術・抗マラリア薬・CPR(心肺蘇生)
インシュリン・人工透析・経口補水療法・ペースメーカー
放射線医学・冷蔵・シートベルト
寿命は延びました。そして寿命の延長の果ての人口爆発とそれにともなう気候変動、地域紛争の現代にわれわれは暮らしています。乳幼児死亡の激減と定住化農業・商業・工業がもたらした超長寿の現在の高齢者が求めるものが、短命な狩猟生活時代では当たり前だったピンピンコロリの死というのはこれまた大いなる皮肉です。それでは、また次回!(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2022年7月)