El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

EXTRA LIFE なぜ100年間で寿命が54年も延びたのか

もっと読まれていい、具体的な寿命延長史!

寿命の延び(=ゼロ歳の平均余命の延び)は乳幼児死亡率の劇的減少(20%→1-2%)で起こった。20世紀の前半まで子供の何割かが大人になる前に死んでいた。その子供たちがほぼ成人になり生殖して子供を作る、この部分で人口爆発が起こった。本書はこの事実をメインに据えながら、それをもたらした、あるいは補完したイノベーションを8つ取り上げる。

第1章  平均寿命の測定ーそもそも原初、寿命はなぜ短かったのか、それを記録し平均寿命という概念ができる。そこから平均寿命の差は乳幼児死亡率の差であることがわかる。

第2章  人痘接種とワクチンー乳幼児はなぜ死んだのか。これは端的に感染症が原因だ。特に天然痘が重大な死因だった時代は長く続いた。中国やインドで行われていた人痘接種をメアリー・モンタスキューがイギリスに持ち帰り、それがジェンナーの牛痘につながり1979年の根絶宣言に到る。

第3章  データと疫学ー工業化し人口密集した都会でのコレラなど不衛生に由来する感染症を細菌学以前の社会で激減させたのは発生のデータと疫学。ジョン・スノウの井戸汚染の発見から上下水道の分離につながる。

第4章  低温殺菌と塩素殺菌ー都市化にともなう牛乳の産業化と汚染牛乳死。天然牛乳信奉を打破する啓蒙と低温殺菌法の義務化。飲料水の塩素消毒。

第5章  薬の規制と治験ー法規制がなかった製薬産業のせいで薬剤死が頻発。1950年頃まで野放し。サリドマイド事件(アメリカはFDAの厳格さで救われる)後に、薬剤の安全性、さらには効能を証明する義務を制度化、その手段としてのランダム化比較試験(RCT)の定着。

第6章  抗生物質ーフレミングの発見からフローリーとチェーンによる実用化。第二次世界大戦の戦略物質となり米英の勝因の一つにも。

第7章  自動車と労働の安全ー自動車事故死が普通に起こっていた時代(ジェームス・ディーンや赤木圭一郎の時代)、鉄道労働者の事故死。ボルボが三点式シートベルトの特許を開放し自動車事故死は75%減少。安全社会へ。

第8章  飢饉の減少ー1940年頃の大飢餓時代。土壌の窒素循環への気づき、鳥糞や魚肥の時代を経て、1908年のフリッツ・ハーバーが発見した窒素固定法から化学肥料による農業の大増産。タンパク源は1920年代、偶然にはじまったブロイラー農業による鶏肉の時代。

著者によるまとめでは

数十億人の命を救ったイノベーション

 化学肥料・トイレ/下水・種痘とワクチン

数億人の命を救ったイノベーション

 抗生物質・二股針(種痘の普及)・輸血・塩素消毒・低温殺菌

数百万人の命を救ったイノベーション

 エイズカクテル療法・麻酔・血管形成術・抗マラリア薬・CPR(心肺蘇生)・インシュリン・人工透析・経口補水療法・ペースメーカー・放射線医学・冷蔵・シートベルト

しかし、よかれと思い進んできた寿命の延長の果てにある、人口爆発とそれにともなう気候変動、地域紛争。そもそも、人間になるまでの遺伝的進化の結果が20%の乳幼児死亡率を織り込んだ狩猟採集生活であったとすれば、乳幼児死亡の激減と定住化農業・商業・工業がもたらした超長寿の現在の高齢者が求めるものが、狩猟生活時代では当たり前だったピンピンコロリだという矛盾。なかなか考えさせる。