El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ(いずみ)氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

秘密の戦争 共産主義と東欧の20世紀

 苦難続きのウクライナの原点を読む

プーチンのロシアを批判し続ける歴史家ティモシー・スナイダ―の初期の著作が昨年末に邦訳されたもの。

彼の専門領域である東欧(旧ポーランド・リトアニア連合王国地域)史を解読する史料の中から、キエフ生まれのポーランド人芸術家・政治家・地下活動家ヘンリク・ユゼフスキの生涯を通してポーランド・ウクライナの苦難の100年を描く。

この地域(現在の国名ではポーランド・ウクライナ・ベラルーシ・リトアニア)はロシアとドイツに挟まれた地域で、ある時はロシア側から蹂躙され、ある時はドイツ側から蹂躙され、そしてしばしば挟撃されて国自体が無くなり、大量虐殺が何度も発生した地域。

ロシア・プロイセン・オーストリアの三帝国によるポーランド分割で国家そのものが消滅していた時代から始まり、第一次世界大戦で三帝国が敗れそれぞれの民族国家ができるかといえば混住がすすんでいることもありなかなかうまくいかない。そのうちボリシェビキソ連による東からの共産化のため、特にウクライナ西部をめぐってポーランドとソ連の間での紛争が続く。

結局ユゼフスキの思うようにはならずウクライナは共産化する。その後も1932・33の大飢饉などありウクライナの主導権、ポーランドの東側国境をめぐってさまざまな駆け引き(含 暴力)。

そうこうしているうちに第二次世界大戦。ナチス・ドイツの台頭でドイツとソ連によるポーランド侵攻でポーランドが再び消滅。ナチスがソ連と開戦してウクライナまでもナチスの支配下に。ソ連の反抗で次にはベルリンまでソ連軍が進撃。ウクライナ・ポーランド、みんな共産国に。もちろんすべての破壊の波の度におびただしい死者。

ユゼフスキは地下潜伏するも発見され長い囚われの生活。スターリン死去で潮目がかわり釈放される。ポーランドの「連帯」の動きが出始めた1981年に88歳で死去。その後の共産主義の崩壊を見ることはなかった。

時代時代のウクライナをめぐる工作活動の記録が延々と続き、ポーランドとロシア(のちソ連)の駆け引きの長い長い歴史の果てに、突然ヒトラーとスターリンがすべてを破壊蹂躙していく・・・。

スターリンの考え方がプーチンとそっくりなのに驚く。「スターリンは飢饉を逆手にとり、ウクライナ問題を望みどおりの方向に誘導した。何度も繰り返されたように、彼は目的を叶えるために状況を利用した。いくつかの事実を彼の政治的世界観にすり合わせ、現実の世界をその世界観にむりやり引き入れたのだ。(P177)」「スターリンは外の世界に対する独自の解釈を編みだし、そこには敵の分類と撲滅が織り込まれていた。(P182)」