El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

続・私の本棚 (9)世界一売れたあの薬はJapan Made

還暦過ぎの元外科医ホンタナが、医学知識のアップデートに役立つ一般向け書籍をセレクトし、テーマごとに同世代の医師に紹介するブックレビューのセカンドシーズン「続私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学」です。

第9回のテーマは「日本の創薬」。オプジーボで脚光を浴びた日本の創薬ですが、同時に研究者と製薬会社の対立も話題になりました。

今回は、オプジーボ以前の日本の創薬の中でも特にスタチンとイベルメクチンについて、さらには未来の創薬である分子レベルの創薬技術についても読み解いていきたいと思います。(ちなみにファースト・シーズン「私の本棚・還暦すぎたら一般書で最新医学を」はこちら

日本発、世界で一番売れている薬

日本が世界に誇る創薬はいくつかあるのですが、世界で一番売れている薬の一つでもあるコレステロールを下げる薬、スタチン(メバロチンやピタバスタチンなどの総称)も日本人、遠藤章先生が50年も前に発見したものです。

遠藤先生のライフヒストリー、そしてスタチンが世に出る(メバロチンの発売は1989年)までの紆余曲折もまた、まさにサスペンス小説のようにスリリングです。それを活写する本が山内喜美子さんの書いた「世界で一番売れている薬」。

オリジナルは2007年の刊行ですが2018年に新書となりました。今読んでも、研究者や臨床医などすべて全て人物のリアリティにぐいぐい引き込まれ一気に読んでしまいます。

この本では四つのストーリーが交錯します。一つ目は、秋田の田舎から苦学して東北大農学部にすすみ三共(現・第一三共)に入社して研究人生を歩む遠藤先生の物語。留学先のアメリカで研究ターゲットをコレステロールにさだめたものの、帰国した日本ではまだまだそういう時代ではなかった。

それでも、ひとと違ったものをやりたいと研究を続け、コレステロール合成に必要なHMG-CoA還元酵素阻害作用をもつ物質を青カビから抽出し、ML-236Bとして特許を出願(1974)します。

二つ目は、三共に限らないことでしょうが日本企業の研究体制の問題。年功序列や部門間の軋轢など日本的な組織が新薬開発にブレーキをかけます。まあこのあたりは日本人には何となくわかるのではないでしょうか。

三つ目は、海外のライバル製薬会社や研究者、そして彼らの特許戦略の巧みさ。そのため、三共は開発者である遠藤先生を擁し、ML-236Bの特許を持つにも関わらず、スタチン治療薬の特許を独占することができませんでした。特許における先願主義国と先発明主義国の違いなど、当時は日本の企業には不慣れなことも多かったようです。

四つ目は、薬害問題などで新薬開発に慎重になりすぎ臨床治験もままならない日本で、目の前で苦しむ家族性高コレステロール血症の患者のためにリスクをおかしてスタチンを使い続けた臨床医達(金沢大学の馬淵先生や大阪大学の山本章先生)の物語。

彼らの治療が効を奏し、重篤だった若い女性が出産できるまで回復したエピソードも泣かせます。結局、彼ら治療医がNew England Journal of Medicineなどに発表した臨床論文が世界を動かします。

四つの物語が交錯しながら、製剤としてのメバロチンが発売されたのは1989年、ML-236Bの特許申請から15年もかかってしまい、すでに遠藤先生は東京農工大に移籍していました。メバロチンで三共は莫大な利益をあげましたが逃した利益も大きかったようです。

スタチンは日本初のブロックバスターだったわけで、その時まで製薬会社自身もそんな創薬が日本でできるとも思っていなかったということもあります。

月日は流れ、国内ではすでにメバロチンの特許が切れジェネリック薬も増えてきましたが、スタチン製剤が世界中で使われていることはみなさんご存じのとおりです。だからこそ、ここに至るまでの遠藤先生をはじめとする多くの努力が紡ぎだした物語をぜひ読んで欲しいと思います。

新薬の発想から実験、推理、挫折、陰謀…全ての要素を丹念に書き込んだ著者も見事。「高脂血症にとってのペニシリン」となったスタチンの物語、医学に関わる者にとって必読の一冊です。

大村智先生の骨太人生を学びたい
世界的ヒット薬を開発した日本の研究者
15人の骨太人生とは

スタチン以後、日本人研究者の開発した薬が世界的にヒットした例も増えてきます。2冊目に紹介する「世界を救った日本の薬」では15人の研究者をとりあげ、それぞれの画期的新薬開発までの道筋をコンパクトにまとめてくれています。

オプジーボのことは皆さんご存じでしょうから、今回は「日本人が開発し人類に貢献した薬ベスト1」とも言われ、2015年にノーベル賞を受賞した大村智先生の「イベルメクチン」を中心に取り上げます。

大村先生がイベルメクチンの前段階として発見したのは家畜用のエバーメクチンで、家畜の腸管寄生虫のうち線虫類に効果が大きく、ほぼ100%駆除することができます。伊東にある川奈ゴルフ場近くの土壌中の微生物からみつかったそうです。

そして、その誘導体のイベルメクチンは1981年に製品化されました。家畜の腸内の寄生虫を駆除することで飼料効率を大幅にアップし肉の収量を増加させました。

その後この薬は、馬の寄生虫オンコセルカに感受性をしめしたことから、近縁のヒトのオンコセルカ症にも効くことがわかりました。オンコセルカ症(河川盲目症)というのは熱帯の風土病で多くの患者が失明します。

イベルメクチン以前には毎年1,800万人が感染し77万人が失明していたそうです。イベルメクチンはメルク社・WHOのプロジェクトとして世界中で3億人に無償で投与されており、2025年にはこの世からオンコセルカ症が撲滅される予定だそうです。

大村先生の略歴を本書から転載します。

 1935年山梨県生まれ。山梨大学学芸学部自然科学科卒業後、都立墨田工業高校定時制の教員をしながら東京理科大大学院理学研究科修士課程を5年間で修了。その後、山梨大学工学部発酵生産学科(当時)の助手に採用され、1965年に社団法人北里研究所に入所。

 土壌に含まれる有用微生物から抗生物質を始めとする生理活性有機化合物を見出す新規探索系を確立し500種あまりの新規物質を発見した。

山梨の農家の生まれで、学問としては農業→醸造化学→生物有用物質化学→構造決定→抗生物質ハンターと苦労しながら歩を進め、ついには北里研究所のトップになるというサクセス・ストーリー。

イベルメクチンはWHOプロジェクトの分は無償ですが世界中で家畜に使われるなどベストセラー&ロングセラーとなり発見者対価(20%)はこれまで200億円以上。その9割を北里研究所のために使い、財政難だった研究所を再建し北里大学の分院(埼玉県北本市)をも開院しました。

ちなみに残りの20億円は共同研究者に10億円、そして残りが自分(とはいっても10億円…!やはり薬というのは当たったらすごいんですね)。

他にも合わせて15人の研究者の事跡をたどることができるとともに、それぞれの先生へのインタビューも収載されているので身近に感じることができました。もちろん本庶佑先生をはじめとする「がん」に対する抗体医薬開発についても。

またカナグリフロジン(SGLT2阻害薬)も日本人(野村純宏先生 田辺三菱製薬・北大薬学部出身)の発明なのですね。

いつも処方している薬でもその薬がいかにして発見されたかは、なかなか知る機会がありませんでした。本書で大村先生をはじめとしたみなさんの、地道だけれど骨太の人生にふれることができました。

分子創薬の世界とは?

最後のテーマは「分子創薬」。例えばタミフルはなぜインフルエンザに効くのか、オプジーボはなぜ肺がんに効くのか?簡略化した理屈は聞いたことがある人も多いと思います。

「タミフルはインフルエンザウイルスが増えて細胞から出ていくときに必要な酵素ノイラミニダーゼを阻害する」、「オプジーボはがん細胞が免疫細胞に敵じゃないというシグナルを伝えるPD-1レセプターを阻害する」というレベルの説明はネットで検索すればたちどころに知ることができます。

では、その「阻害する」という薬の働きは実際どうやって起こるの?という一歩深い世界まで連れていってくれるのが本書「分子レベルで見た 薬の働き」です。

分子レベルというとベンゼン環や複雑な化学式が出てきて、とても読む気になれないというイメージを持つ人も多いと思います。確かにベンゼン環や化学式も出てくるのですが、この本の最大のポイントは分子レベルの立体構造グラフィックスがふんだんに取り入れられていること。

化学式は流し読みしても立体構造グラフィックスを見れば「薬の分子がこんなピンポイントで生体分子に作用しているのか」とすっきりわかる気がして、とても楽しいです。以下や文末に紹介するウェブサイトをぜひ参照ください。

このような分子のグラフィカル表示を可能にしているのが、さまざまな分子の立体構造を座標数値で提供している「構造バイオインフォマティクス研究共同体(RCSB)」が運営するProtein Data Bankであり、さらにその座標数値から立体構造図をPC上に3Dで表示できるソフトウェアです。本書はコマーシャルベースのソフトをつかっているようですが、無償ソフトウェアも提供されているということです。

本書では抗菌薬・抗がん剤・抗ウイルス薬・生活習慣病薬・免疫のコントロール・精神疾患薬に分けて全部で50以上の薬剤分子が生体内で働く様子を見せてくれます。さらにこうした形態解析がコンピュータ上での創薬にもつながっていることもよくわかります。

本書で薬のミクロの作用点を目の当たりにすることで一歩踏み込んだ世界がひろがります。

本書の出版社である講談社のウェブサイトに著者の平山氏がいくつか記事を書いています(下記)。新型コロナウイルス薬として話題になったアビガンを例に、まさに分子レベルで見た薬の働きがグラフィカルに描かれています。

 ・期待の「アビガン」、シミュレーションが予測する「効果と副作用」
 ・「新型コロナウイルス」に効く薬はあるのか?
 ・ウイルスの増殖を抑える「プロテアーゼ阻害薬」とはなにか? 

まとめと次回予告
――創薬と相対する「後発薬」の世界

スタチンやイベルメクチンの発見では、微生物の作り出す有効物質をいかに見出し、スクリーニングし評価するかというタイプの創薬が主体だったことがよくわかります。いまでも抗菌薬の開発は同じ手法がとられているようです。

一方でCOVID-19に対するRNAワクチンのように、分子生物学的手法を駆使したいわゆる分子創薬の時代になりつつあるといえるでしょう。生化学・分子生物学・免疫学・コンピュータ…すでに1人の研究者がコツコツと実験するという時代ではなくなりつつあるのかなあと思います。

医師が創薬に直接かかわれる時代は遠くなったとも言えますが、臨床医として創薬の現場の変化を知っておくことも重要ですね。

さて、創薬の対極にあるのが後発薬(ジェネリックやバイオシミラー)の世界です。医療費抑制という観点から国をあげて後発薬の利用を推奨してきましたが、ジェネリック薬をめぐってはいくつかの事件もあり、ジェネリック薬のもつリスクに警鐘を鳴らす本も出版されるようになってきました。

次回はそんなジェネリック薬について、「ジェネリック」、「ジェネリック vs. ブロックバスター」「ジェネリック医薬品の不都合な真実」の3冊で読み解いてみたいと思います。次回もご期待ください。

<参考>
Protein Data Bank