El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

エマニュエル・トッドの思考地図

トッドの著作はフォローしておくべき、ただし新書は買うとこまでいかない

1976年に歴史人口学・歴史統計学的な切り口でソ連の崩壊を予言したトッド(「最後の転落」)は、同様な手法でその後の世界のうねりを予言し、それがまた当たるということで70代となった今も日本では人気がある。一方で、「シャルリとは誰か?」でフランスの反テロ運動に潜む右派国粋主義を明らかにし、母国フランスでの立場は微妙なものになった時期もある。

そんなトッドが自分の、思考方法、研究方法、社会の反応への対処などあからさまに語ってくれた日本オリジナルの本書。各章のタイトルも「入力」「対象」「創造」「視点」「分析」「出力」「倫理」「未来」と具体的。そもそも歴史人口学・歴史統計学で数字に現れる事実の解釈が研究の基盤であり、哲学的観念を忌避する姿勢は好きだ。

というのは、社会は観念で動くのではなく、社会の変化は「社会的無意識」の産物だから(とトッドは言う)。理屈や明確な観念ではなく人々は社会的無意識に行動し、それが歴史を動かすという部分は確かにあり、国のリーダーの決断も多くはその社会的無意識から隔絶してはありえない。ネット社会や代議制民主主義も「社会的無意識」の具現化か。

その後の、トッドの批判対象は著作を見ればわかるのだが「グローバリズム」「EU」「ユーロ」「ドイツ」「マクロン」と続き、これらについても本書でも簡単に触れているので、トッドの著作への読書案内にもなっている。

大学教育がトッドのような「自分で考える人」を作るところから遠く離れてエスタブリッシュメントに入るための「〇〇大学卒」というフォーマットを与えるだけのものになっている(特に文系)という嘆きも共感。フランスもその傾向が強い。

ただし、日本ではトッドの主著の翻訳ではなく、出版社がインタビューを寄せ集めてトッドが書いたかのような新書を作っているので、タイトルは興味を引く新書には注意が必要。(おそらく立ち読み30分で読める)