El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

死体格差 異状死17万人の衝撃

最近動向を踏まえた日本の死因究明制度分析

「日本の死因究明制度がいかにダメか」という本はこれまで何冊も書かれているがその多くは、その当事者の一人である法医学医師(多くは大学の法医学教室の教授・元教授)が退官前後に書いたものが多く、まあ書いている本人も当事者の一人であるからか歯切れの悪いものが多い。

その点、本書の著者は調査報道に携わる国際ジャーナリストということで、これまでの死因究明嘆き本とは一味も二味も違う。

第1章ー日本の死因究明に関する基本的な事実。

異状死体(まあ病院外で発見された死体と考えてよい)が発見され、警察に通報されると、警察官の中で検視官という資格をもつものが検視(目視による)を行い、事件性があると判断すれば死体は司法解剖に回される。事件性がないと判断されたら、地域の開業医で警察と協力関係にあり警察医という役割をになうものが死体の表面観察で「心不全」など死因を死体検案書に記入することで、葬儀・火葬となる。検視官は警察官なので医学的な死因究明の知識はほとんどなく、この検視官ー警察医ルートに流れたら死因の究明はきちんと行われたとは言えない。

以下の章では、実在の法医学者のインタビュー記事をもとに書かれる

一方で、事件性があると判断された場合の司法解剖のハードルは地域によって異なり監察医制度が機能している東京23区・大阪市・神戸市以外では大学の法医学教室に依頼することになり、そのハードルの高さによって多くの地域では検視官ー警察医ルートで安易に処理されている(可能性が高い)。神奈川県はまた別の問題がある(後述)。

そのため、異状死体の解剖率は東京で17.2%、最低の広島で1.2%という地域差があり、この差がそのまま「犯罪の見逃し」につながっている・・・

第2章ー大野曜吉・元日医大法医学教授

警察官である検視官が事件性の有無のキャスティング・ボードを握っているため、警察が描いた事件のストーリーに沿った判断をしてしまいやすい。それが「犯罪の見逃し」と「冤罪」につながる。検察が自分たちに都合のいい鑑定結果を持ち出してくるのは日常茶飯事。

第3章ー岩瀬博太郎・千葉大法医学教授

「日本の法医学は科学的というより、警察の意に沿わされてしまうほど未熟・・・」特に、問題になるのが犯罪の見逃し。警察庁が2011年に公表した「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方について」によれば1998年から2011年までに発覚した死亡ケースで犯罪を見逃した件数は43件。これはのちに、別件などから発覚したものなので実際にはかなり多い。時津風部屋事件、後妻業事件など。そもそも法医学者のところに死体がこない制度の問題。

そこを改善するために2013年に「死因・身元調査法」により制度として遺族の承諾を必要としない新しい解剖制度「調査法解剖」ができた。ところが、制度だけで法医学的受け皿は何も手当がない。

極めつけは、当時の警察庁刑事局長(金高雅仁)が問題のある神奈川県の解剖医を視察し、10万円程度で短時間に大量の解剖を請け負っているそのやり方を基準に調査法解剖をやるように指示するという、とんでもない判断。

第4章ー奥田貴久・日本大学法医学教授

アメリカで著名な日本出身の法医学医トーマス・野口のもとに渡り、アメリカ流の検死官制度を学んだ奥田の話はおもしろい。警察からまったく独立した検視局(これはボッシュシリーズなどでもおなじみ)、そこで働く医師の給与も高い。

日本ではドイツ流の警察主導の死因究明の上に戦後アメリカが監察医制度を持ち込み、監察医制度が機能しているところ(東京23区・大阪市・神戸市)とそれ以外が大きく乖離。

第5章ー清水恵子・旭川医科大学法医学教授

テレビの法医学者は女性が多い。犯罪に対する憎悪から冤罪が生まれ、冤罪を法医学的に証明すると言われない非難があるという事実。「デートレイプドラッグ」の啓蒙。前出の見逃し43件のうち11件は睡眠導入剤を使っている。

第6章-世界一の解剖数をこなす横浜の監察医「横浜監察医務研究所」の医師

神奈川問題=だれが法医解剖の費用を払うのか。いつの間にか遺族に払わせる神奈川。そこをついて、やたらに雑な解剖を大量に実施する医師。それを推奨するような発言をした警察庁刑事局長。うーん。闇はさらに深まっていた。

第7章-早川秀幸・筑波メディカルセンター病院剖検センター長

死後画像=Ai(Autopsy imaging)を実施。裁判員裁判ではマクロ画像ではダメ、そこでAi画像。

第8章-孤独死の問題

以上、8章で日本の死因究明制度の問題点の大部分を網羅するとともに、実際にその現場で働く法医学者の意見も知ることができる。やはり警察主導ではだめだということ。法医学者の社会的責任・立場の強化が必要だと感じる。

年間約17万人――高齢化が進む日本では、孤独死など病院外で死ぬ「異状死」が増え続けている。そのうち死因を正確に解明できるのは一部に過ぎず、犯罪による死も見逃されかねないのが実情だ。なぜ、死ぬ状況や場所・地域によって死者の扱いが異なるのか。コロナ禍でより混迷を深める死の現場を赤裸々な証言で浮き彫りにする。

目次
はじめに コロナ禍の死の現場から
第一章 地域で異なる死因究明
解剖の現場/テレビや映画とは違う/解剖率から見えてくるもの
第二章 捜査に都合よく使われる死因
事件のストーリーが作られる?/「ピンク歯」を疑え/法医学者が踏み越えてはならぬもの/トリカブト事件/中立で公正な立場に徹する
第三章 犯罪の見逃しと闘う孤高の法医学者
問題提起を続ける/「岩瀬なら断れない」/小野悦男事件でわかった法医学の問題点/地下鉄サリン事件/時津風部屋暴行事件と「後妻業」/政治が動いた/理想の法医学教室を
第四章 死因究明の日米格差
世界に通じた日本人法医学者/日米の死因究明制度の違い/各国の死因究明制度/国境なき法医学/死因究明と情報公開/一国一城の主人に
第五章 「死者の人権」を守るために
「死者の尊厳を守る医学」/忘れられない事件/作られた「殺人罪」/新たな薬物の問題
第六章 世界一の解剖数をこなす監察医
日本一多忙な監察医/解剖代は誰が払う?/「神奈川問題」/警察庁長官のお墨付き
第七章 「死後画像」先進県の現状
CTによる死亡時画像診断/「生きている人」への限界/死因と保険/裁判員裁判での大事な役割
第八章 孤独死の凄絶な現場
ゴミ屋敷の中で/「同居孤独死」の現場/孤独死を巡る諸問題
あとがき 一日も早く死因究明制度の確立を