El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

超耐性菌 現代医療が生んだ「死の変異」

タイトルとは違って、感染症医の奮闘と努力のドキュメンタリー

著者のマット・マッカーシーはプロ野球マイナーリーグの経験もある医師。感染症医としての著者マットが抗菌薬ダルバマイシンの治験をプロモートしながら、さまざまな人物・患者を通して成長していく過程のドキュメンタリーがメインストーリー。そして常に、マットの近くにいるのが指導医ともいえる感染症医トム・ウォルシュ(がんの化学療法などの結果起こる重篤感染症の治療の世界的なエキスパート)。

マットがダルバマイシンの治験を企画しそのプロトコールが承認される過程においても、さまざまな困難がある。そんな話の合間に、ペニシリンから始まる抗菌薬の歴史を作ってきた人々の物語が挟まれ、あるいは、人種偏見に基づいた人体実験めいた治験が存在したという話がたくみに挿入されている。それらの結果として現在、マットの時代の治験計画は厳しい審査にさらされる。

やっとのことで治験ができることになりその患者を探す過程は、さまざまなバックグラウンドをもつ患者たちの人生、たとえば9・11で化学物質を吸い込んだためにがんになった男性、ちょっとした怪我からオキシコンチン中毒になった男性、白血病の治療で免疫不全になったための感染した女の子、などなど、感染症にも様々な背景の物語がある。

治験の結果、感染症を克服する人もいる一方で、指導医のトムの元には、骨髄移植や最新の免疫療法によるがん治療が引き起こした、聞いたこともない細菌や真菌の感染のコンサルテーションが来る。トムは、そんな「がん治療後重篤感染症」のエキスパートで、世界中からのコンサルティングに答えたり、即座にそんな患者の元に出かけたり。

トム=Tommy Walshについては本文中にも紹介されているが、実際に子供をトムに助けられた父親が立ち上げたトムの業績を賞賛するサイトを見ると、彼の活躍が多くの子供たちを助けていることがわかる。https://missionfromtheheart.org/annas-story/

ペニシリン以来の抗菌薬の黄金時代にはすっかり克服されたと思われてきた感染症だが、黄金時代に大量に投与されてきた抗菌薬により耐性菌が生み出されているのがまさに現代だ。そのため、感染症が今なお猛威を振るっているような途上国や、人口密集地域・国、では感染症のコントロールが難しくなっている。さらに、抗菌薬の開発が、例えば新しい抗がん剤としての抗体医薬などに比べて、利益が上げられない分野であることから製薬会社も開発に手を出しにくくなっている。また、がん治療の手法の発達はトムが手掛けているような「がん治療後重篤感染症」を急増させている。

感染症医はまさにそうした時代に立ち向かっている。その実態を治験や治療の現場レポートとして伝えてくれるのでまさにアメリカ感染症治療の最前線にいるかのような緊迫感をもって読むことができる。

聞いたこともないような病原体や抗菌薬がいくつも出てくるがみな実在しており、例えばカンジダ・アウリスは2008年に日本人女性の耳から発見され、現在インドで感染が広がっているらしい。いま、目の前のCOVID-19の後にはこの耐性菌問題もまた避けては通れない。ちょうど、高齢期を迎える自分もひょっとしたら感染症で死ぬことがあるかもしれない。