El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

僕は偽薬を売ることにした

意外とマジメなプラセボ論だが思い込みも強い

タイトルとヘタウマなイラストでまともな本ではないのかもと思って読みだしたが二つの点で有益。

まず第一に、1,2章におけるプラセボの歴史をふまえた解説は至極まっとうでよくまとまっている。プラセボ効果の認識があって初めて「ランダム化」「プラセボ対照」「二重盲検」という臨床試験のスタンダードが確立され医学を科学たらしめるイノベーションとなったことがよくわかる。

このイノベーションはここ50年ほどの間に起こったことであり、私自身が医師になった当時、普通に使っていた多くの処方薬がこのイノベーションで否定されて世の中から消えていった。「○ーゼン」「クレ○チン」「ア○ン」「カ○ン」・・・たくさんありました。この病気にはこの薬というのが、大した根拠もなく使われていた牧歌的な時代。まさにそれらの薬はプラセボ効果しかなかったわけであり、そのために多くの医療費が使われていたというのは、あらためて驚く。

二番目に、5章にあるように現実問題として現在偽薬を必要としている人々がいるということ。特に認知症介護の現場では薬をのんだことを忘れて「薬、薬」という人が多い。現時点では著者の作ったプラセボ製薬はこの介護現場用の偽薬を商品化しているらしい。

ところが、肝心の著者の主張と思われる3-4章のプラセボ効果の原因解明を通じた医療の哲学的解釈はどうも理屈が過ぎて、晦渋かつ荒唐無稽に感じられる。私としては著者があまり乗り気ではない「未解明の生化学現象」説を信じたい。薬をのむ、医療を受けるという行為が脳から何らかの反応を引き出し、そこから引き起こされる生化学現象がある、そう考えたい。科学の時代の子でもあり・・・

 

https://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336063755/

内容紹介
京大薬学系大学院を修了、製薬会社の研究員として薬品の開発を手がけた著者は、今、偽薬を売っている。それは偽薬が効くからだ。なぜ効くのか科学的には説明できないけれど、「プラセボ(偽薬)効果」という言葉があるくらい厳然と効く。なぜだろうと突き詰めて考えた時、科学の限界、科学に依拠する現代医療の限界、健康を求める現代人がむしろ不健康になってしまう思考のパターンに気づくことになる。そこに気づく人が増えれば、医療の形は大きく変わらざるを得ない。科学の申し子が、科学の向こう側を透視する超問題作。

著者紹介
水口直樹 (ミズグチナオキ)
1986年滋賀県生まれ。プラセボ製薬株式会社代表取締役。2010年京都大学薬学部卒業。2012年同大学院修了。製薬会社に研究開発職として入社。2014年退社独立、現在に至る。

目次
1章 偽薬は効く
  偽薬とプラセボ
  19世紀後半、フリントのリウマチ熱に対する「プラセボ治療薬」
  1940年代、内胸動脈結紮手術
  1957年、クレビオゼン
  1960年代初頭、パークとコーヴィの実験
  1970年、ルパレロの実験
  1970年、池見・中川の実験
  1980年代、エイダーの条件付け実験
  カステスの喘息・バニラ実験
  1996年、モーズリーの関節鏡実験
  最近の話題
2章 医療とプラセボ効果
  革新的な効果判別法
  医薬品の有効性に関する疑義
  臨床現場での偽薬使用
  プラセボ効果に関する報告を通じて
  くすりとプラセボ効果
  外科手術とプラセボ効果
  医薬品開発とプラセボ効果
3章 プラセボ効果を解釈しよう
  ヒトは分からないことを嫌う(分かることが好き)
  「説明原理」に基づく世界の理解
  説明原理としてのプラセボ効果
  プラセボ効果は実在しない
  不思議
  思い込みまたは暗示
  気休め
  奇跡または魔術
  未解明の生化学現象
  新たな解釈
  ゼロのアナロジー
  複素効理論
  複素効理論の応用
  複素効理論の課題と射程
4章 健康観のアップデート
  医療のあり方が問われている
  そもそも健康とは何か
  健康病になっていませんか
  自分に対する信頼を健康と考えてみる
  健康の主導権を取り戻そう
  プラセボ製薬が提供するもの
5章 効かない偽薬の価値
  高齢者介護と偽薬
  多剤併用からの卒薬サポーターに
  依存的服薬が心配な時に
  何もせず時の経過を待たねばならない時に
6章 プラセボ製薬創業譚
  企画
  起業
  ファブレス企業
  まずは介護業界
  そして医療業界へ
  現状とこれから
7章 プラセボ効果の総合的解釈
  公理主義
  囲碁という公理系
  生物の身体と世界認識モデル
  世界の大部分は認識すらされていない
  言語という公理系
  対称性と客観性
  科学という公理系
  科学の営みとは
  認知バイアスとプラセボ効果
  西洋医学という公理系
  東洋医学という公理系
  西洋医学と東洋医学
  科学と東洋思想
  統合医療の洗練
  プラセボ効果とノセボ効果
  複素効理論
8章 持続可能な社会を偽薬がつくる
  あなたの健康のため将来にツケを回すか
  プラセボ効果の有効活用
  公理主義的な小売業者が期待すること