El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(98)―指先採血で世紀の詐欺!―

「新しい検査法」に要注意!

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴24年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは生命保険業界でもよく使われる指先採血がらみの世紀の詐欺事件。実話です。セラノス事件と呼ぶのですがご存じですか。

とにかく上昇志向の強くて若い女性起業家エリザベス・ホームズが「指先採血で採取した数滴の血液から80種類もの検査をその場でできるという夢のような検査法」をコンセプトに「セラノス」という会社を立ち上げ、バイオメディカル分野のスタートアップ企業として莫大な投資を集めました。コンセプトが実現するという前提で、その金で多くの研究者を集めて研究開発を進める一方、自分自身はあたかもすでにそれが完成したかのような振る舞いで、さらに投資を集めます。

なんらかの不思議なカリスマ性もあったんでしょうね、ホームズと出会った人たち、特に高齢の元政治家や投資家(シュルツ元国務長官、キッシンジャー元国務長官、ルパート・マードックetc.)をすっかりとりこにし莫大な投資を引き出すは、会社の役員に据えるは・・・とやりたい放題。

ちょうど、リーマンショックが終わって、FacebookやTwitterなどがスタートアップ企業として莫大な投資収益を上げていた時期です。多くの投資家が次のFacebookを探していたとも言えます。そうしてうまく資金を集める流れに乗ったのはいいけれど「指先採血で採取した数滴の血液から80種類もの検査をその場でできるという夢のような検査法」そのものが実現できなかったというのが詐欺の始まりです。それでも、どんどん契約を前にすすめるホームズの心臓の強さというか、ある意味サイコパス的なのかもしれません。結局、既存の検査装置を裏でこっそり使うなど詐欺は次第に本格化します。

一方で、マスコミはホームズを大絶賛し、オバマやクリントンも広告塔に。当然、セラノスの社内は怪しげな検査で火の車状態になり、退職者は続出し自殺者まで出ます。やがて退職者からの内部告発をもとに本書の著者であるウォール・ストリート・ジャーナルの記者キャリールーがすべてを暴くことになりますが、その過程でのセラノス側からの弁護士を使った脅しの手口も恐ろしい。アメリカでは資本力がなければ裁判も戦えないので泣き寝入りさせられることも多いというのがよくわかります。

 興味深いのは、ホームズがどうして開発のすすまない検査装置に対する不安をまったく感じずにつきすすむことができたのかという心理と、キャリアも年齢も百戦錬磨のじいさんたち(80代90代でセクシャルなものは考えにくい)がいとも簡単にだまされた心理。写真で見るホームズは魅力的にも見えます。何が彼女をそうさせて、何が彼らをそうさせたのか。こんなインチキで何百億も金が動くという投資社会アメリカの驚異。コロナ禍もあってセラノス裁判は最近始まったばかりです。(https://www.businessinsider.jp/post-241446

ハイテクやITCの分野、さらには最近ではいわゆるグリーンテクノロジー(脱カーボン)業界では、まずは大風呂敷を広げて資金を調達し、本当の進捗状況を隠しつついずれ現実がコンセプトに追いつくのをただ願う・・・そんな風潮が許されているのは事実です。夢を語って金を集めて、集まった金でその夢を実現させまるというタイプのベンチャーです。

しかし、バイオ特に直接患者の治療に関わる分野では、セラノスのように夢を実現させる途中で患者や健康を求める被験者に実害をもたらしかねません。それがヘルスケア・スタートアップの難しさですね。「血液一滴、尿一滴でがんを発見する」などという話は日本でも跋扈していますが、その内実は「セラノス」と大差ないのかも・・・そんな批判的な眼で見ることの必要性を感じさせる事件です。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2021年11月)