El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

病理医が明かす 死因のホント

病理医が解剖しなくなったという現実

著者は1971年生まれの病理医。病理医が死因究明にどれだけからんでいるのだろうとおう思いで読んでみたが、当てが外れた感じはする。というのは、病理医は専門医になるために病理解剖の一定の経験数はあるが、それも大学病院や病理解剖に熱心な大き目の病院に勤務している間だけのことであるようだ。いったん病理専門医になればその後の病理解剖数は資格の更新に関わらない(もし関わったらほとんど更新できないのが日本の病理解剖の現状のようだ)。2021年時点で日本病理学会の正会員は2844人、これに対して日本法医学会の正会員は1202人となっている。

本書にもあるように、病理医が行う病理解剖は1985年は40,247件あったものが2017年には11,809件と急速に減少している。さらにこれら病理解剖の対象はほとんどが院内病死の遺体であり死因はすでに分かっている場合がほとんどである。2017年の法医学的な解剖は、司法解剖8,157、調査法解剖2,844、行政解剖9,852で計20,853件であり、解剖そのもののなかでも法医学的解剖がすでに病理解剖の2倍になっているという事実は、単純に学会会員数で除してみても、病理医の年間解剖数は一人当たり4件、法医学医は7.3件であり、日本の解剖の主体が法医学医に移ってきているということがわかる。

そういう病理医の立場を考えてみると仕方のないことかもしれないが、残念ながら病理医がいわゆる異状死体の解剖をすることはほとんどない。本書の著者は、ネットで医療系のライターをやっている病理医みたいだが、主に「Yahooのニュース 個人」というプラットフォームに発表してきたものを書籍化したもの。一般人向けとしても最近の読者の医学レベルはコロナのせいもあってかなり高いので、この本を読んでも「ひとり病理医のぐち」部分だけが「What’s new」なのではないか。

一方で、医療事故の裁判案件などでは病理医が原告側・被告側どちらにも参考人として意見を述べていることが多く、社会は病理医を死因究明のプロと誤解しているという印象がある。死因究明についての議論はやはり異状死体を解剖する法医学の医師がプロであり。顕微鏡でプレパラートを見るだけで死因がわかるはずもなく、「病理医が明かす死因」というタイトルからだけでも内容は推して知るべし、と感じるべきであった。反省。