生物はなぜ死ぬのか
気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴24年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。これまで寿命・長寿をテーマとした本をいくつか紹介しましたが今回のテーマはそれを逆側から考える「死ぬのはなぜか」です。
死のメカニズム研究と長寿研究はまあ裏返しの関係でもあります。とにかく長寿を目指すという本はどこかうさんくさいのですが、それに比べて死ぬことは確実だからでしょうか「なぜ死ぬのか」というこの本はあまり難しくなく読めて、死というものが受け入れやすくもなる逆の意味で寿命論の良書でした。
進化に沿って、世界の始まりの混沌の中から偶然生まれたRNAやDNAそしてウイルス、そして細菌、単細胞生物、昆虫、マウス、人間と順繰りに誕生と死のメカニズムを解き明かしていきます。その根本にあるのは、有利なものは生き残り、そうでないものは死滅する、そしてその分解産物が有利なものの増殖に使われるということです。そして生き残った有利なものにも常に多様化するための遺伝子の改変がおこり、その結果またさらに有利なものが生き残り、そうでないものは死滅する・・「多様化と選択の繰り返し」という進化の大原則をまず理解しましょう。
この多様化を得るメカニズムは生物によってことなりますが、ヒトのような有性生殖においては精子や卵子ができるときの減数分裂の際におこる相同組み換えがメインです。あなたの素になった父親の精子には父方の祖父母の遺伝子が、母親の卵子の遺伝子には母方の祖父母の遺伝子があちこち組み換えられてまだらの紐のように詰まっています。その組み換え方は精子一匹一匹、卵子一個一個で異なります。これってアタマがくらくらするほどすごいメカニズムですよね。このように精子や卵子で多様化を実現し同時に生殖によって世代交代を実現するということ=子供を作ることこそが種としての最高の若返りなのです。
一方で、われわれ自身、つまり個としての私の中では、細胞が分裂を繰り返すとゲノムに変異が蓄積し、がん化のリスクが高まります。これを避けるため免疫機構や老化のしくみを獲得して変異を起こした細胞の入れ替えを可能にしてきました。これで若いときのがん化はかなり抑えられます。それでも55歳くらいが限界で、そこからはゲノムの傷の蓄積量が限界値を越え始めます。異常な細胞の発生数が急増しそれを抑える機能を超え始めるのです。つまり、細胞の老化を防ごうとすればがん化のリスクが高まるというトレードオフがあり55歳をすぎると老化に舵を切るようにできているのです。そうしたバランスの中で進化を通して獲得した想定寿命(55歳)が決まっているということです。
ところが自我意識をもつほど脳が発達したヒトは個としての自分の幸福や長寿を求めてしまいます。その結果として少子化が起こり、個としての長寿志向が起こり、ヒトは種として若返ることを忘れてしまう。そして想定寿命を20年も30年も超えて生きようというのですから、それは病との闘いにならざるをえません。
著者は最後に「生物は利己的に偶然生まれ、(次の世代をつくり)公共的に死んでいくのです」と書いています。55歳をとうに過ぎ、すでに子供が独り立ちした私としては、まさにこの先、粛々と公共的に死んでいくべき身であると思い知るのでした。そして、その自覚を得ることで清々しい読後感となりました。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2021年10月)