El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(82)―医療が作り出したドラッグ・アメリカ―

――医療が作り出したドラッグ・アメリカ――

 

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております、査定歴23年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「処方薬としての麻薬」・・・麻薬と書いてしまうと別の世界の出来事のようにも感じますが、アメリカでも普通の人々にとって麻薬は別の世界の出来事でした、1996年にオキシコンチンが処方薬とした発売されるまでは。

オキシコンチンといえばあのヒトラーが常用していたアヘン系アルカロイド、まさに麻薬。ところが、1990年頃から医療界にあった「痛みに対する治療をもっとちゃんとやろう!」という機運に合わせるように、溶けにくい基材で固めてゆっくりとしか吸収されないという工夫を施したオキシコンチンが鎮痛薬として認可・発売されました。薬発売した薬品会社、パデュー・ファーマはそれまでも麻薬系の薬剤(MSコンチンは日本でもおなじみですよね)が得意分野でしたが、がんの末期患者などが主なマーケットで売り上げの上ではたいしたことはありませんでした。そこで徐放錠とすることで依存性をかなり低減(そのデータはかなりいい加減なものであったことは裁判などで明らかに)したということで、普通の鎮痛剤として処方されるというとんでもないことが1990~2010年代のアメリカで爆発的に起こったんです。

オキシコンチンの大量処方で依存症者が激増し過剰摂取で死亡する事件が多発、歌手のプリンスや大谷翔平の同僚のピッチャーが急死したのも過剰摂取と言われています。日本でもトヨタ初の外国人取締役として赴任してきた女性がオキシコンチンを持ち込もうとして警視庁に逮捕されるという事件がありました。オキシコンチンが家庭の常備薬のようになっているというアメリカのなんともすごい状況がその背景にあるわけです。当然2010年頃から大問題になり大きな裁判がいくつも争われ、多額の和解金・賠償金がニュースになることも増えてきましたが、オキシコンチンであげた収益に比べれば和解金・賠償金は微々たるものらしいです。

「若者たちは、朝一番でアデロール(ADHDの薬で精神刺激作用あり)を飲み、午後にはスポーツによる怪我の痛み用にオピオイドオキシコンチン)を飲み、夜には眠るのは助けるためにザナックス(ベンゾ系睡眠導入剤)を、何の躊躇もなく服用していた。その多くは医師によって処方された薬だった。」(197ページ)・・どうですか、そんなアメリカの大学生の一日。タイトルのDOPE SICKとは禁断症状のことを言います。こんなことが21世紀になってのアメリカで現実問題として起こっているわけです。今のアメリカは明日の日本かもしれない。いや、アメリカの巷にあふれるオキシコンチンは日本にも大量に持ち込まれている可能性も大きいと思います。この本を読んで、芸能人の急死のニュースを聞くと「過剰摂取なんじゃないの?」と思うようになってしまいました。医者と薬屋が麻薬をばらまく、なんともタガのはずれた社会がすぐそこまで来ているのかも・・・なんて他人事みたいなことを言っていたら、なんとつい最近、2020年10月29日にオキシコンチンTR(徐放錠)に「がん以外の慢性疼痛」の適応追加が承認されたことを知り驚きました。
https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T201102S0020.pdf

日本の医療者を信頼して・・ということなのでしょうが、「DOPE SICK」を読んだ後では、まさにアメリカの後追いをしているよう思えて心配です。今のアメリカは明日の日本かもしれない。

通達によれば、依存や不正使用がおこらないように、医師は製造販売業者が提供するeラーニングを受講し、受講修了すると確認書が発行されることになっています。さらに薬剤師は患者から麻薬処方箋とともに確認書の提示を受けた上で調剤を行い、確認書の内容を説明の上、薬局で保管する・・というのですがこの仕組みでうまくいくのかどうかは歴史が証明するのでしょうね。

アメリカでは依存症が顕在化・事件化するのに10年ほどかかりました。10年後の日本が今のアメリカのような事態になっていないことを願わずにはいられません。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2020年11月)