El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(79)―感染症・金と利権の黒歴史―

――感染症と金と利権の黒歴史――

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴23年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回の本は「感染症を利用して利権や利益が生み出される」というブラックなテーマ。同時に医療・衛生の日本近代史もすっきり理解できる一冊です。

ほとんどの疾病は個人的な出来事ですが、新型コロナウイルス感染症だけは社会的な事件であることを再認識させてくれました。そこには政治や経済も大きく関わってくる。また、グローバリズムの中で外国から持ち込まれる感染症への対応の難しさもクローズアップされました。

日本における最初のグローバリズムといえば幕末の開国と明治維新。幕末の開国は感染症に対する開国でもありました。コレラが長崎から上陸し幕末明治に大流行、西南戦争では戦死者よりも病死者が多いほどで、そこから公衆衛生という思想が生まれたとも言えます。この時活躍するのが日本の衛生行政を確立した後藤新平、そして世界的細菌学者となった北里柴三郎というヒーローたち。この頃は細菌発見の時代でもあり、北里VS東大閥、内務省VS文部省、コッホVSパスツールなどの複雑なライバル関係がありました。

ところが明治の官僚や軍隊が制度的に安定してくると、文部省―東大閥―陸軍という国家権威はそうした個人のヒーローを排除し官僚と学閥と軍が衛生行政も医学も支配していくようになります。鴎外森林太郎も権威の側にありました。日本の医学部に特徴的な権威主義的医局制度の源泉もこの頃にあります。「医局講座制は効率よく医学を浸透させるメリットを持つが、結果的に閉鎖的で家父長主義に染まった医師集団を生んだ」(P104)、その通りですね。

20世紀になるとスペイン風邪が新型コロナと同じ光景を産み出していることに驚かされます。この時もマスク配布が実施されていたとは、アベノマスクはパクリだったんですね。軍制に取り込まれた医学が生み出したのが軍医石井史郎にが率いる「悪魔の飽食」細菌戦の731部隊です。この部隊が主導して陸軍軍医学校防疫研究室や戦地の防疫給水部が一体となった「石井機関」が細菌戦のための人体実験を実行、細菌戦は大した実効性もなく敗戦を迎えましたが、恐ろしいことに米軍との関係で免罪を得た石井機関の幹部は一転して戦後の公衆衛生の担い手になっていきます。

今の国立感染症研究所は元予防衛生研究所であり石井機関出身者が要職を占めていました。国立国際医療研究センター(新宿)も国立がん研究センターも元をたどれば軍関連の施設です。病院関係だけでなく製薬会社や民間の研究所など医療ビジネス界にも元731部隊関係者が多数流れ込んでおり、いかに石井機関が医学・公衆衛生分野のエリートを集めていたかがわかります。

この戦後の復権で重要な役割を果たしたのが731部隊で石井の片腕だった内藤良一です。内藤は血液産業に目を付け日本ブラッドバンク(のちのミドリ十字)を設立し戦後の売血大国日本を作り出し、それが肝炎ウイルスの蔓延を引き起こしました。さらに売血の中止と引き換えに血液製剤の販売権をえたことが後の血液製剤によるエイズ禍へと負の連鎖は続くことに。

海の向こうでは中国発症のウイルス感染症SARS新型インフルエンザ、WHOもからんで政治的にもゆれる。極めつけはアメリカのバイ・ドール法(1980年)、教育・研究機関の科学的成果の特許権(=占有権)を認めたこの法律のために、研究機関は薬剤利権の下請け状態に。そういえば、本庶先生もオプジーボで小野薬品ともめてましたね。そしてコロナ禍の今、ワクチン開発ももちろん利権が深く深く関わっています。

一連の流れを見ると、パンデミックはお金になるという側面がたしかにある。湯水のごとく税金を投入しても文句を言えない。本書は感染症にからむ政治・利権・金の動きをコンパクトにまとめて読ませる一冊。「ゴッド・ドクター 徳田虎雄」を書いた山岡淳一郎氏の筆力に再び唸らされました。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2020年10月)