El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(78)――LGBT治療のリアルが満載――

――LGBT治療のリアルが満載――

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております、査定歴23年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「LGBT性同一性障害)治療の現在地」。例えば、今の日本でLGBT性別適合手術をいったいどれくらいの人が、どんな施設で受けているのか知っていますか。タイで手術を受けたという話をよく聞いたり、診断書や告知書で目にしますが、なぜタイなのでしょう。手術が健康保険適用となりましたがその影響はどうなのか。

そんなLGBTに関するさまざまな疑問の多くに答えを出してくれるのが本書「性転師」です。タイトルと表紙カバーからキワモノ本のように見えなくもありませんが、本書は共同通信社の記者がきちんとした取材にもとづいて書いた、なかなか真っ当で日本のLGBT治療の現在地を知るにはベストともいえる本です。

まず、本書からざっくりとした数字を挙げます。日本で戸籍上の性別変更をするには、性別適合手術を受けたあと精神科医に戸籍変更診断書を書いてもらい提出する必要があります。その診断書を書いている医療機関の一つが実数分析を公表していますので、それと国全体での性別変更数から全体像を推定できます(推定は筆者が本書記載事項から行ったもの)。

日本での戸籍上の性別の変更者数は年間1000人程度、男性から女性(MtF)と女性から男性(FtM)の比率は1:3です。女性から男性が多いというのが意外な感じがします。手術は国内がタイの3分の1くらい、国内ではナグモクリニックが80-90%を占めており、タイではヤンヒー、ガモンの2大病院で70-80%くらいを占めています。つまり、毎年、男性から女性への戸籍変更が300人、女性から男性が600人くらい、手術はナグモクリニックが300人程度、タイの2大病院で600人程度・・となります。

 本書のタイトル「性転師」は著者の造語ですが、日本人がタイで性別適合手術を受けるときに、そのほとんどのプロセスを世話してくれるいわば性転換のアテンド業者のことを意味しています。表紙写真の男性がその草分け的存在であるアクアビューティー社(http://www.aquabeauty.co.jp/)の坂田代表。2002年に会社を立ち上げました。本書前半はこうしたアテンドの主要業者への取材やタイの病院での取材をもとに書かれています。タイのホテル風病院写真などなかなか立派です。タイでは1997年の通貨危機をきっかけに医療ツーリズム、その中でも性別適合手術が急速に発展したんです。一方で、日本ではLGBTの社会的認知度が高まり戸籍上の性別変更が可能になった一方で、性別変更の必須要件である性別適合手術を実施できる医療機関がなかなか増えてこない。その流れの中でアテンド業者に仲介してもらいタイで手術を受ける日本人が急増したというわけです。技術的にも経験豊富なタイの医師ほうが上手ということももちろんあります。

 本書後半では、カルーセル麻紀からブルーボーイ事件埼玉医大原科先生、以前紹介した「ペニスカッター」和田耕治先生(2007年死去)と性別適合手術の歴史をたどります。性別適合手術のニーズの高まりに国内医療機関が応えなかったこととアテンド業者を含めたタイでの医療体制の充実が現状を生んでいることがよくわかります。

 LGBT性別適合手術2018年に公的医療保険の適応となりましが、手術前に必須なホルモン療法が保険適応となっていないというチグハグさもありタイ頼みの現状はなかなか変わりそうにありません。COVID-19が長引きタイに渡航できない状態が続けばどうなっていくのでしょうか。

 書かれていることのリアリティに引き込まれて一気に読んでしまいました。具体的な数字を見て皆さんどう感じますか。毎年10万人に一人は性別変更しているのは予想より多い?少ない?(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2020年9月)

 参考資料 当事者が書いたものもあります。

トロピカル性転換ツアー

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