El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(77)――コロナの後は耐性菌が来る?――

――コロナの後は耐性菌が来る?――

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております、査定歴23年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「薬剤耐性菌」。COVID-19騒ぎでかすんでしまっていますが、これまで感染症の最大のリスクと言われ続けていたのは薬剤耐性菌です。人類がペニシリン、ストレプトマイシンに始まる抗菌薬のおかげで感染症死から免れるようになって70年ですが、最近になって「抗菌薬」が効かない「薬剤耐性菌」が蔓延し死亡者数が増加しています。

薬剤耐性菌の2050年問題って知ってますか?2014年にイギリスのキャメロン首相(当時)が立ち上げた研究グループによればこのまま対策がとられなければ2050年には耐性菌感染症による世界の年間死亡者は1000万人に達するらしいです。2015年にはオバマ大統領(当時)による耐性菌に対する行動計画さらに2016年伊勢志摩サミットでも耐性菌対策が議題になるなど、新型コロナ以前には耐性菌問題こそが最大の健康上の問題だったわけで、もちろん解決しているわけではないのです。

耐性菌が蔓延してきた最大の理由は人類が浴びるほど抗生物質を使用してきたからです。この本では細菌の薬剤耐性のしくみ、そしてその耐性を獲得するメカニズムなど薬剤耐性菌をめぐるさまざまなことをまとめてくれています。例えば、カビや放線菌は自分の増殖を有利にするため周辺の細菌を死滅させる物質を作り出します。これが抗生物質になるわけです。そして同時にカビや放線菌はその抗生物質成分から自分自身を守るために抗生物質成分に対する耐性遺伝子も持っているのです。その耐性遺伝子がウイルス(ファージ)によって病原細菌の中に持ち込まれると細菌が薬剤耐性を獲得します。また細菌にもオスとメスがありオス・メス融合による耐性遺伝子の水平遺伝というメカニズムも細菌ならでは。細菌世界にもいろいろあるんです。

ではどうすれば耐性菌問題を解決できるのか。それには特定の抗生物質の使用を長期間、全面的に中断すること。そうすれば、その抗生物質はやがて効果を取り戻してきます。本書中ではクロラムフェニコールと赤痢菌の例が挙げられています。薬剤耐性菌は耐性を維持するため酵素を作るなど代謝上の負荷がかかっているので、抗生物質がない状態では耐性菌ではないほうが繁殖に有利なのです。そのため一定期間特定の抗生物質を使わないでいると耐性菌は非耐性菌に淘汰されるというわけです。耐性菌を増やさず、感受性菌に有利は環境を提供するためにも、無用な、多種類の抗生物質の乱用はルールをきめてしっかり規制していかなければならない・・・そういうコンセンサスが国際的にできつつあるというのが現状のようです。

本書の後半は抗生物質による体内環境(主に腸内細菌)の攪乱の話になったり、ウイルスを含む感染症全般に話が展開してしまい、タイトルである薬剤耐性菌の話は前半のみというのは少し物足りないです。

耐性菌については、2000年前後に名著ともいえる本が多いです。名著の「細菌の逆襲」「薬はなぜ効かなくなるか」をぜひ読んでみましょう。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2020年4月)

 参考資料