El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(75)―回帰する精神医療・こころ→脳→こころ―

 ―回帰する精神医療・こころ→脳→こころ―

オープンダイアローグがひらく精神医療

オープンダイアローグがひらく精神医療

  • 作者:斎藤 環
  • 発売日: 2019/07/09
  • メディア: 単行本
 

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴23年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「オープンダイアローグ」。精神医療の分野で話題になっているようですが、その考え方は精神医療にとどまらず医療者と患者の心の交流(ラ・ポール)における新しいパラダイムであり、さらに広く家族や職場でのコミュニケーションの改善にも応用できる可能性を秘めています。

「オープンダイアローグ」=「開かれた対話」。フィンランドで1980年代から行われている精神疾患の治療技法です。世界的に知られてきたのはここ5年くらい。治療対象は統合失調症も含めた精神疾患です。治療者側はチームを作り、複数のメンバーで患者の自宅をたずねていって、メンバー間で対話します。その対話というのは患者の現状分析であったり治療計画であったりするわけです。特徴的なのは、その対話が患者に対してオープンで、つまり患者もそこに居て対話を聞いている状態で行われます。ゆえに名付けてオープンダイアローグ。

この対話の原則は「本人のいないところで本人のことを決めない」ということ。対話は「治す」や「何かを変える」という直接的な目的というよりは、患者を含めて治療チームの対話を広げる、それ自体が目的というのですから、わかったようなわからないような。しかし、驚いたことにこうした対話を経験するだけで、入院や薬物療法をすることなしに多くの場合は精神疾患が良くなっていくらしいです。

これまで医師による治療といえば精神疾患に限らず、医者と患者が診察室で一対一で向き合うことで行われてきました。しかし、考えてみればこの一対一の関係は非常に不自然で患者はどうしても医師に対して従属的な立場に置かれてしまい、一方通行の関係性になりやすい。そこを、オープンダイアローグでは治療者側も患者側も複数で開かれた対話を繰り返すことで病が癒えていくというのです。

 なぜオープンダイアローグが話題を集めているのでしょう。このブックガイドでもこれまで何度かここ20年ほどに起こった精神医療のDSM化について書いてきました。DSM化の本質は精神疾患の原因は「こころ」ではなく「脳」だと考えることでした(=生物学的精神医学)。ゆえに治療は「脳」に作用する薬物ということになります。DSM以前の精神分析的な精神医学が「こころ」を治療しようとしてきたことから考えればそれは大きな方向転換でした。

そして生物学的精神医学は数々の薬物が市場へ投入されたこととあいまって「うつ病」バブル、「発達障害」バブルを引き起こしました。しかし、一方で重篤双極性障害統合失調症に対してそれほど効果を挙げているわけでもなく、DSM精神医学に次第に限界を感じる精神科医が増えてきたということのようです・・少なくとも、本書の著者である斎藤環先生(筑波大教授)はそう考えています。つまり、薬物主体の生物学的精神医学の将来に対して否定的な精神科医が次の選択肢として「オープンダイアローグ」に注目を寄せているということです。

そう考えると、精神疾患の治療に精神分析→生物学的精神医学→オープンダイアローグという流れを読み取ることができます。治療の本質からいえば「こころ」→「脳」→「こころ」と一周回ってもどってきたということですね。

この「開かれた対話」、確かに家族の問題や職場の人間関係がこじれた時にも使えるかもしれませんね。調べてみると「仕事に効くオープンダイアローグ」という本がすでにあるようです。「オープンダイアローグ」、要チェックのキーワードです。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2020年8月)

参考資料