El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ドクター・ホンタナの薬剤師の本棚(4)

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薬剤師のみなさん、こんにちは!ドクター・ホンタナ(Fontana)です。薬剤師が読んで楽しめ、なおかつ仕事にも役立つ、そんな本を紹介するコラムの第四回。今回のテーマは「日本の創薬」。次々と現れる新薬、その中には世の中をかえてしまうようなものもありますよね。そんな新薬はどうやって創り出されているのでしょうか。

柳の下にアスピリン

19世紀初め、柳の樹皮に含まれる消炎鎮痛成分からサリチル酸が、そしてさらにアスピリンが生まれ、19世紀後半にはノーベルが経営するダイナマイト工場で狭心発作が起きにくいことから爆薬ニトログリセリンが抗狭心薬として使われるようになりました。

そうした偶然を逃さない先人たちの努力で多くの薬が生まれてきたわけですが、ペニシリンが発見されてからは抗菌性をもつカビなどをランダムにスクリーニングの時代、さらに病気の原因となる体のメカニズムを応用したドラッグ・デザインの時代を経て、X線結晶解析によるターゲットタンパクの立体構造解析、そしてゲノム創薬の時代へと続きます。

そうした創薬の歴史をたどってくれる名著が「新しい薬をどう創るか 」です。

2007年の出版ですから10年以上前の本ですが、まったく古さを感じさせない内容で「薬が病気を治す」ことの驚きを素直に感じ取れる好著です。

抗生物質ハンター大村智先生の骨太人生

2冊目「世界を救った日本の薬 」では15人の日本人研究者が登場、画期的新薬開発までの道筋をコンパクトにまとめてくれます。その中でも「日本人が開発し人類に貢献した薬ナンバー・ワン」と言われる「イベルメクチン」を発見・開発し、2015年にノーベル賞を受賞した大村 智先生の骨太人生を味わっていただきたいです。

大村先生が伊東の川奈ゴルフ場近くの土壌の中からみつけたイベルメクチン、家畜の腸管寄生虫のうち線虫類に効果が大きくほぼ100%駆除することができます。家畜の腸内の寄生虫を駆除することで飼料効率が大幅にアップ(つまり、家畜がよく太る)しました。その後人間のオンコセルカ症(河川盲目症)にも効くことがわかりました。オンコセルカ症というのは熱帯の風土病で、死にはしないけれど失明する病気で以前は毎年1800万人が感染し77万人が失明していました。イベルメクチンはメルク社・WHOのプロジェクトとして世界中で3億人に無償で投与されており、2025年にはこの世からオンコセルカ症が撲滅される予定です。

大村先生は山梨大学学芸学部自然科学科卒業後、都立墨田工業高校定時制の教員をしながら東京理科大大学院理学研究科修士課程を5年間で修了。その後、山梨大学工学部発酵生産学科(当時)の助手、1965年に社団法人北里研究所に入所。土壌に含まれる有用微生物から抗生物質を始めとする生理活性有機化合物を見出すランダム・スクリーニング体系を確立し500種あまりの新規物質を発見しました。農業→醸造化学→生物有用物質化学→構造決定→抗生物質ハンターと着実に歩を進め、ついにはノーベル賞を得て北里研究所のトップになるという骨太な人生に魅了されること間違いなしです。

 

  分子レベルの創薬とは

3冊目は一転して微細な世界を覗く「分子レベルで見た 薬の働き 」。例えばタミフルはなぜインフルエンザに効くのか、オプジーボはなぜ肺がんに効くのか・・・教科書的には「タミフルはインフルエンザウイルスが増えて細胞から出ていくときに必要な酵素ノイラミニダーゼを阻害する」や、「オプジーボはがん細胞が免疫細胞に敵じゃないというシグナルを伝えるPD-1レセプターを阻害する」という定性的な説明はよく知られたところです。では、その「阻害する」という薬の働きは分子レベルでは実際どうやって起こるのかという一歩深い世界まで連れていってくれます。

分子レベルというと亀の甲(ベンゼン環など)だとか化学式が出てきて読む気になれないというイメージを持つ人も多いと思います。たしかにベンゼン環や化学式も出てくるのですが、この本の最大のポイントは分子レベルの立体構造グラフィックスの絵がふんだんに取り入れられていること。化学式は流し読みしても立体構造グラフィックスの絵を見れば薬の分子が実際にピンポイントで生体分子に作用しているということがすっきりわかります。

抗菌薬・抗がん剤・抗ウイルス薬・生活習慣病薬・免疫のコントロール精神疾患薬に分けて全部で50以上の薬剤分子が生体内で働く様子をぜひ見てください。逆にこうしたミクロの形態解析がコンピュータ上での創薬につながっていることもよくわかります。スーパーコンピューター創薬するというのはそういうことなんですね。

立体構造グラフィックスは著者の平山先生が講談社のウェブサイトに「期待のアビガン、シミュレーションが予測する効果と副作用 」という記事を書かれていますので、そこでも見ることができます。まさにいま新型コロナウイルス感染症とも闘う創薬技術です。

まとめと次回予告

輝かしい日本の創薬の歴史ですが、これらの本を読んでいると、薬学部が6年制に移行し「高度な薬剤師養成機関」としてクローズアップされたことで日本の薬学研究そのものは理学部や工学部に移行しつつあるという話が何回か出てきます。日本の薬学部もまた変容して「創薬」の場ではなくなっているのかもしれません。医学部の基礎研究と同じ傾向ですが、少し残念なことですよね。

ランダムに選書しているつもりですが、免疫の話を紹介した2回目と同じく3冊とも講談社ブルーバックスになってしまいました。安価な新書形式でレベルの高い薬学系の本が読める日本の出版はすばらしいです。

さて、次回は抗生物質をテーマに耐性菌問題や腸内細菌といった切り口で本を選んでみたいと思います。