El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ドクター・ホンタナの薬剤師の本棚(3)

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薬剤師のみなさん、こんにちは!ドクター・ホンタナ(Fontana)です。「薬剤師が読んで楽しめ仕事にも役立つ」そんな本を紹介するコラムの第3回は「こころの薬とDSM」。
精神医療は平成年間に大きく変わり、処方される薬も様変わりしました。パニック障害発達障害など新しい病名が次々に登場しただけでなく、うつ病のようなおなじみの疾患に対してもSSRIやNSRIなど続々と新しいタイプの薬が登場しています。じつは、この変化の震源地となったのはDSM-IIIという1980年にアメリカで出版された診断基準です。今回はこのDSMについてじっくり考えてみましょう。

DSMの本質を知るための一冊

DSMとはDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 「精神疾患の診断・統計マニュアル」のこと。1980年出版のDSM第3版で革命的に改定されました。そのDSM革命の本質を教えてくれるのが「シュリンクス-誰も語らなかった精神医学の真実 」(シュリンクスとは俗語で精神科医のこと)。
 精神の異常が医療の対象となったのは19世紀後半からです。20世紀になるとあのオーストリア精神科医フロイト精神分析療法を創始しました。精神分析療法とは精神疾患の原因を無意識のこころの葛藤であると考え、対話による分析を通して治療しようというものです。戦争の影響もあって多数のユダヤ精神分析医がヨーロッパからアメリカに渡り、第二次世界大戦後には世界中が精神分析の時代に突入しました。しかし次第に怪しげな心理療法家が跋扈するようになり、1960年代になると精神分析に反対する「反精神医学運動」が起こり精神医療は危機の時代を迎えました。
そこに登場したのが気鋭の精神科医スピッツアーです。スピッツアーがそれまでの精神分析寄りだったDSMをまったく別物に作り変え、第3版として学会に認めさせたのです。DSM第3版のポイントはそれまでの主観的であいまいな診断を排除し、「(こころの病気の原因はどうせわからないのだから)病気の原因を前提とはせず、観察された症状のまとまりに基づいて障害を分類する」というものでした。
斬新なのは病気の原因を無視したところです。身体の病気であれば「原因aで症状Aが起こる」と考えますが、DSMでは症状a1、a2、a3があれば障害名Aと名づける」ということです。わかりにくいですが重要ポイントです。薬について言えば、身体の病気であれば「症状Aの原因aに対して薬Bを使う」となりますが、DSMでは「障害名Aの患者集団に薬剤Bを試してみたら効果があった」と考えます。病気の原因は何かという部分をまったく考えないことにしたのです。まさに発想の転換
アメリカで医療保険を提供する保険会社があいまいさの少ない新しいDSMを支持しDS医療保険支払の根拠にしたことでDSMは大きな意味を持つようになってきました。しかし、そのためにDSMは医療経済の中に組み込まれることになり、そこからDSMの暴走が始まるのです。

暴走するDSM

DSMでは原因を考えず症状だけから精神疾患を分類しその先の研究につなげるというのが本来の目的でした。ところが、例えば「発達障害」とDSMで分類されると、患者も社会も保険会社もあたかもそういう客観的な病気があるかのように受け止めてしまいます。2冊目に紹介する「発達障害バブルの真相 」では発達障害をテーマにDSMが暴走するメカニズムを教えてくれます。
DSM医療では問診表にマルをつけるだけで「はい、あなたは発達障害」と診断されかねません。画像診断や病理診断のような明確な客観的診断方法があるわけではなく問診だけで診断つけられてしまうあやうさがあります。そして、その診断が一人歩きして薬が処方され、障がい者支援立法に発達障害が組み込まれていく、本書はそうしたプロセスを描き切っています。本書の最重要なポイントを引用します。これ重要。

本物(の診断)がどうしても手に入らないために、苦肉の策として打ち出されたのがこのDSMでした。代用品というよりも、代用品のそのまた代用品と言ってよいほど、本物とはかけ離れたものです。その背景を知っている人は、あくまでも「そういうもの」として慎重に取り扱ったのです。ところがいつの間にか「本物」であるかのように扱われるようになり、いまや精神医学の「聖書」として崇拝の対象になってしまったのです。(『発達障害バブルの真相』)

DSMの特殊性についての社会無理解・精神科医の急増・新薬の開発競争などが重なり多くの国でDSM診断による「うつ病バブル」そして「発達障害バブル」が引き起こされた・・。

発達障害バブルの真相: 救済か?魔女狩りか?暴走する発達障害者支援

発達障害バブルの真相: 救済か?魔女狩りか?暴走する発達障害者支援

  • 作者:米田 倫康
  • 発売日: 2018/12/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

心理療法への回帰が始まっている

そんな状況でDSM以前の心理療法が再び脚光をあびつつあります。3冊目の「精神科医が教える聴く技術 」は「傾聴」、そして「心理カウンセリング」とはこういうことか」と新鮮な驚きを与えてくれます。患者が語る言葉をとにかく黙って聴き、その心の深層に流れる感情を聴き取る(=感じ取る)ことから始まります。そして、さらにその聴き取った感情に対して起こる自分(聴き手)の感情をさらに心の中で聴き取ります。そうすることで聞き手は語り手の感情に賛成しながら聴き続けるができます。これが傾聴なのです。
語り手は語ることで感情の流れがととのっていき、これまで語らなかったためにあいまいでぼんやりしていた感情が言語化されます。するとそれはクリアな感情として語り手自身に認識され、その認識がさらにその奥にある感情の流路となります。そして次第に感情の根底にある葛藤が語られ、自分自身にも理解される。そこで初めて葛藤を解決するための心理的ジャンプ(トリックスター)が起こるというわけです。
「傾聴」のテクニックは心理療法だけでなく薬剤師や医師が患者と接する場面でも使えそうですよね。ほかにもオープン・ダイアローグなど精神疾患の言葉による治療に関わる出版や発言が増えてきました。50年の空白を越えてのDSMから精神分析への回帰、わたしは期待しています。

精神科医が教える聴く技術 (ちくま新書)

精神科医が教える聴く技術 (ちくま新書)

 

 

まとめ

抗うつ薬だけでもSSRI・NSRI・NaSSAと続々と新薬が登場し、精神科領域は薬剤師さんだけでなく医師泣かせでもあります。これはそもそも精神疾患が症状も治療効果も患者さん本人の主観に依存しているがゆえの困難さです。その困難さがDSM革命を産み出し、そのDSMがまた病気を産み出すという渦に患者も医療者も巻き込まれている・・そんな見方もできそうです。
最後は何だか複雑な話になってしまいましたが、精神科の薬を手渡すときDSMのことを意識できる薬剤師さん、それはすごいなと思います。さて次回・第四回は「創薬」がテーマ。私の尊敬する大村智先生はじめ日本の創薬の今をお伝えしたいと思います。お楽しみに。(ドクター・ホンタナ)