El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(71)働き方改革の前に知りたい

――働き方改革の前に知りたい――

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、新年度で査定歴23年目に入った自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。コロナ禍でテレワークや時差出勤やウェブ会議・・・まさに働き方改革を先取りした方も多いのではないでしょうか。しかし、改革のその前の働き方はなぜそんなふうになっているのか考えたことがありますか?

働き方改革がさけばれるのは、少子高齢化による労働力の減少だけでなく日本の「労働環境の硬直化・悪化」があるからだと言われています。長時間労働のわりに(故に?)低い生産性、人材の流動性の低さ、正社員と非正規労働者のあいだの賃金格差の存在など、多くの問題点は長期間にわたって言われ続けてきましたがなかなか正すことができません。本書は、日本社会が歴史的に作り上げてきた「雇用慣習」がいかに私たちを呪縛し「働き方改革」を困難にしてきたのかをじっくり考えさせてくれる好著です。

いわゆる「一流の就職先」とされる官公庁や大企業の雇用システム、つまり新卒一括採用、終身雇用、定期人事異動、定年制などの特徴を持つ「日本型雇用」は、どういうメカニズムでいつ誕生し、なぜ他の先進国とは異なる独自のシステムとして社会に根付いたのか・・を膨大な文献資料と他国との比較で明らかにしていきます。日本の雇用は「企業のメンバーシップ制」、ドイツは「職種のメンバーシップ制」、アメリカは「制度化された自由労働制」という類型化も、なるほどなあと納得です。

また、「上級職員(キャリア)・一般職員(ノンキャリア)・現場労働者の三層構造」「課ごとの大部屋システム」や「学歴社会であるがゆえに、相対的な低学歴化が進んでいる」こと、あるいは「団塊ジュニアが『ロストジェネレーション』にならざるを得なかった仕組み」「社員の平等と職務の平等の間の矛盾」「学歴から賃金や社会保障までつながる二重構造」などなどのさまざまな現象を著者の視点から解明していきます。

だからといって一方的に政策や経営側を非難するというわけではありません。多くのことが経営側の思惑だけでなく労働者側の社会認識の変化・思惑によっても生み出されていったこともまた事実です。そんな両面性があったことに驚きました。

 ここぞという文章を引用すると「日本の労働者たちは、職務の明確化や人事の透明性による『職務の平等』を求めなかった代わりに、長期雇用や年功賃金による『社員の平等』を求めた。そこでは昇進・採用などにおける不透明さは、長期雇用や年功賃金のルールが守られている代償として、いわば取引として容認されていたのだ。(574ページ)」・・なるほど・・・。

全10章600ページの厚みですが各章の冒頭に「この章のまとめ」があり理解しやすい。文献資料の読み解きなどは飛ばしながら読んでも充分理解できます。「働き方改革」という流れは避けられないとしても、その前に本書で「日本社会の雇用のしくみ」を勉強しましょう。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2020年6月)

 参考書籍

キャリア、ノンキャリアと言えば官僚や警察機構。外務省機密費横領事件を描く「石つぶて」はまさに「日本社会のしくみ」の縮図ですね。WOWOWでドラマ化され現在はAmazon Videoでも見ることができます。本書ともシンクロさせると一層おもしろい。