El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

おしゃべりな糖

まさに、甘いだけが糖(鎖)じゃない!

おしゃべりな糖 (岩波科学ライブラリー)

おしゃべりな糖 (岩波科学ライブラリー)

 

「糖鎖(とうさ)」。グルコースのような糖がくさり状につながったもののこと。この糖鎖、例えば血液型は赤血球の膜に存在するタンパクに結合している糖鎖の種類によって決まります。糖は1分子だけでは単なる栄養素としての糖にすぎませんが別の糖と鎖状に結合するとその結合パターンが特殊な意味(コード)を持つのです。本書のサブタイトルにあるように、糖鎖は遺伝子、タンパク質に比肩する第三の生命暗号。

ウイルスが細胞に感染するときに細胞膜上の糖鎖コードを認識するという話を最近どこかで読みましたが正直ピンときていませんでした。ところが、本書を読むと糖鎖コードのすべてがわかったような気になれるんです。120ページほどの本なのに驚きの名著です。

とは言うものの文章だけで糖鎖コードのことを説明するのはかなりむずかしい。例えばプラレールのパーツをレールにするためには滅茶苦茶につなぐことはできず一定の可能なつなぎ方というものがありますよね、糖の場合も同じことで様々な糖分子をつないでできる糖鎖には一定のパターンが発生します(著者はQRコードに例えています)。それが情報として働くというわけです。

つなぐ時には酵素が必要なので、どういう糖鎖ができるかは、どんな原料の糖があるのか、どういう酵素がどんな濃度であるのかなどによっても規定されます。血液型の場合は糖鎖を作る酵素が遺伝的に決まっていて、赤血球膜上のそうした糖鎖がひっついたタンパク(=糖タンパク)が抗原として働くわけです。

こうした抗原性を発揮するためだけではなく、体内には特定の糖鎖と結合して作用するタンパク質(これをレクチンと総称します)があり、糖鎖はレクチンを介して体内のさまざまな出来事の調整をおこなっています。ただし、遺伝子や酵素のようにall or nothingという調整ではなく、糖やレクチンの濃度によってけっこうアナログな感じの調整らしいんですね。四角四面ではないぼんやりとした調整役といったところでしょうか。

鳥のインフルエンザが本来は人間には感染しないのはウイルスの膜上のレクチンが糖鎖を識別しているかららしいです。それが変異して人間に感染・・・となるとコウモリのウイルスが人間に感染したCOVID-19も糖鎖に関わってくる話になります。

120ページの本の中におもしろいエピソード満載でここでは紹介しきれません。ぜひ読んでみてください。最初に少しだけ化学式が出てきますがそこを乗り切ればエンターテインメント性たっぷりの新世界が見えてきますよ。