El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(67)熱量あふれる医師人生

 ――熱量あふれる医師人生――

ゴッドドクター 徳田虎雄 (小学館文庫)

ゴッドドクター 徳田虎雄 (小学館文庫)

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、新年度で査定歴23年目に入りました自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。新型コロナウイルス騒ぎで日本中、いや世界中暗雲たちこめていますが、今回は気分転換、ウイルスの話題から離れて、熱血医師伝「ゴッドドクター 徳田虎雄」で熱くなりましょう。ご存じ70病院を越える巨大病院グループを一代で築き上げた徳田虎雄の評伝です。

 この評伝、単に徳田虎雄徳洲会病院の歴史にはとどまりません。徳田が医師になった1966年は高度成長期の真っただ中、日本の医療も大きな転換点を迎えていました。高度成長にともなう人口の都市集中の結果、人口急増地域は医療機関が足りず医療砂漠が生まれる一方、労働者を送り出した地方は人口が減って高齢化が進みこちらも医師が消えていく、今に至る医師偏在の原型がそこにはありました。徳田と徳洲会の医療変革運動は高度経済成長による医療のひずみを解消するための社会的揺り戻しでもあったのです。

 1973年に大阪府松原市に徳田病院、1975年に徳洲会を設立し、野崎徳洲会病院(大東市)、岸和田(1977)、八尾(1978)、沖縄南部(1979)と続々とオープン。全共闘世代で大学を離れた医師やアメリカ帰りの医師が徳田の魅力に引き寄せられるように結集、そこからの全国への展開はまさに戦国武将の天下統一劇を見るようです。もうひとつの要素が著者が「日本のシチリア」と呼ぶ徳田の故郷徳之島を含む奄美の人と風土と政治、こちらはまるでゴッドファーザーの世界。優秀な医師が島から輩出し徳田のもとに。

 そこから先は、徳洲会の巨大化や徳田自身の政治狂い、時代はバブル経済とその崩壊、1995年の阪神淡路大震災、2002年ALS(筋萎縮性側索硬化症)発症、2011年東日本大震災と、同時代に生きる医師の壮絶人生が活写されており、本を置くことができず一気に一晩で読んでしまいました。

 2013年には妻子への後継問題がらみで懐刀であった事務総長を切り(解雇)、そこからこの元事務総長と徳田ファミリーが訴訟や告発のバトルを展開。当時の都知事猪瀬直樹徳田毅(徳田の息子・当時衆議院議員)から5000万を受け取ったという事件もこの頃。結局、2017年徳洲会は徳田や徳田ファミリーの関与から離れ徳田王国は崩壊。それでも徳洲会は71病院、年商4200億円、約3万人の職員を擁する日本最大の病院グループとして歩み続けています。

 その栄枯盛衰のドラマは年表程度の知識では徳田のパワーの巨大さだけが巻き起こしたようにも見えてきたし、これまでの私もその程度の認識でした。しかし、本書で徳洲会の歴史をその時代背景とともに複眼的にながめると、それは徳田の磁力に引き寄せられた医師・看護師・薬剤師・事務職員たちが繰り広げるシェークスピアさながらの群像劇でした。やがて登場人物たちは一人また一人と徳田と対立して決別していきますが決別した彼らのその後の生き様もまた深い余韻を残します。

 現在も湘南鎌倉総合病院の特別室で療養を続けている徳田虎雄、彼の人生と交錯した多くの医師たちの生き様、徳之島。様々な切り口のどこをとっても一級の評伝で書評だけでは伝えきれません。ぜひ手に取ってその熱量を感じてみてください。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2020年4月)