El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

感染症と文明――共生への道

ウイルスとの共生、いまこそ目指せ

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

  • 作者:山本 太郎
  • 発売日: 2011/06/22
  • メディア: 新書
 

 2011年ですから10年近く前、SARS騒ぎのあと震災の頃に出た本ですが今回のCOVID-19にも通じるところ多く読み直してみました。

この本に書かれている「麻疹(はしか)が免疫のない島に侵入したときの流行モデル」をCOVID-19にあてはめてみました。基本再生産数(一人の感染者が何人に感染させうるか)で流行の盛衰はかなり予測できます。COVID-19のそれが2だとすると人口の50%が免疫を獲得すれば実際再生産数は2×0.5=1というわけで流行の平衡状態になります。さらに免疫獲得者が50%を越えれば流行は終息に向かうことになります。メルケル首相が国民の60%くらいは感染すると言っていたのはそういうことですね。

国民の過半数が感染して免疫を獲得し集団免疫が完成するまでの間に重症者をできるだけ出さず、もし重症化しても適切な治療で死亡をできるだけ避けながら感染率を上げていくことが市中感染期の正しい戦略ということになります。

このウイルスとの共生を著者はミシシッピ川の治水に例えています。私の身近な神戸の住吉川に置き換えてみると、ちょっとした雨で起こる洪水が起こらないようにと堤防を築くと次第に川底に土砂が溜まって水位が上昇するのでさらに堤防を高くする、これを繰り返しているといつの間にか川底が家々の天井よりも高くなる(天井川)。天井川は全国いたるところに見られますが、これが決壊すると大洪水になってしまいます。ウイルスも完全に締め出すと時間とともに集団免疫が次第に低下して、少し変異したウイルスにもまったく無力となり感染爆発が起きてしまいます。共生とはわずかばかりの感染と犠牲者を出し続けることで感染爆発が起きないようにするということ。しかし、誰も自分がわずかばかりの犠牲者の一人にはなりたくない・・・という心情的矛盾はあるわけですが。

ウイルスを国内に持ち込まないのが検疫などの水際対策ですが、グローバル化した世界では無理であることがCOVID-19で証明されました。HIVやエボラはアフリカで、COVID-19は中国武漢で動物由来の感染症が人間に感染、どちらも人の往来が少ない時代であれば一過性の風土病で終わったものが、世界的な人の移動や都市への人口集中のためにパンデミックになる。そういう時代なのでアフリカや中国の衛生環境や食習慣の改善を促すことがひいては世界中の健康に直接リンクしているわけです。

この本では、文明の興亡とともに感染症も移り変わり、ペストがヨーロッパ中世を終わらせ、その後には結核の時代、感染症による新大陸征服、さらには近代になってアフリカ分割が熱帯感染症との闘いであった(帝国医学の時代)こと、スペイン風邪、インフルエンザ、SARSと個々の感染症の歴史をたどりながらも、感染症との共生という俯瞰的な視点にも気づかせてくれます。

著者の山本太郎先生は世界中の重大感染症の現場で活躍し現在は長崎大学熱帯医学研究所教授。岩波新書では「新型インフルエンザ 世界がふるえる日」(2006)、本書、「抗生物質と人間」(2017)の三冊どれも読みやすく内容もよくまとまっています。ぜひ手元に揃えておきたい三部作です。(もちろん、れいわ新撰組山本太郎氏とは別人です・・・)