El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(63)医療ディストピア

――医療ディストピア――

限界病院

限界病院

  • 作者:十義, 久間
  • 発売日: 2019/05/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴22年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「医療崩壊」。医学系の雑誌の求人欄に宮〇県や長〇県の過疎地の公立病院や診療所の求人広告が毎月のように掲載されています。また、「〇〇病院に派遣されていた〇〇大学の医師が全員引き上げ」になった、とか「医師5人が一斉退職」というニュースを目にする機会も増えています。地方の医療崩壊は現実化しつつあります。

 地方の医療崩壊には大きく二つの要素があります。一つは新医師臨床研修制度による地方の医師不足です。この制度により出身医学部にしばられず都会の病院で研修を受けそのまま都会で働く医師が増えました。過疎地の病院に医師を派遣してきた大学病院の医局制度が崩壊したわけです。もう一つは、地方そのものの崩壊、つまり高齢化と人口減少です。これまで一定の地域で一定の人口規模の医療を担ってきた地方の公立病院が人口減や高齢化(これには住民だけでなく職員の高齢化によるコスト増もあり)のため財政難に陥っているのです。さらに、これまで病院の赤字を補填してきた地方財政そのものも苦しくなってきたことが追い打ちをかけています。

 今回紹介する本、「限界病院」は北海道の架空の公立病院を舞台に、まさに限界状態の地域医療の維持に苦闘する医師たちを描いた小説です。主人公の外科医は東京の大病院に勤めていましたが、医療事故やらの都会的憂鬱を逃れて知人の勤務する北海道の病院で働き始めます。ところが着任早々、自治体と大学医局のトラブルで自分を呼び寄せた友人が大学に引き上げになります。そんな中、町長(もと官僚)のコネで新院長やスゴ腕女医が東京から招かれ病院再建に取り組む。その過程では医師同士の恋愛あり、裏切りあり、町長の変心あり・・・

 医師が地域医療の現状を嘆く場面も多くいくつか引用しますと・・・
・・・「地域住民は自分たちの都合のいいように病院を利用しているだけで、それを当たり前と考えているんだ。困ったときは「お医者様、お医者様」って下にも置かないけれど、ちょっと余裕ができれば、医者は自分たちに住民サービスして当然の下僕扱いだ。「高い給料払っているんだから夜勤でもなんでも毎日しろ」って平気で言いだすからな」
・・・(改革を望まないのは)まだ地方の過疎化が起こる以前に看護助手として病院に勤め始め、やがて准看護師の資格を取った古株の女性たちだった。
・・・我々医療の現場がいくら意識改革しても、病院自体のガバナンスが問題なんです。時代遅れの地方政治家や既得権益をふりかざす公務員や、地域エゴまるだしの患者さんたちの意識が変わらないかぎり・・・(引用終わり)

 などなど。その中でもっとも印象に残るのは、こうした公立病院がいかに地方政治に翻弄されるかということです。この小説でも町長選挙が病院運営を左右するメインイベントとして描かれており、医師たちもそういう地方政治にかなり深入りしていきます。

 医療に熱心な医師であれば町長選挙なんぞに左右されるような状況で働きたくはないはず。医師がここまで政治に首をつっこむ筋書きは現実離れ・・と読みながら途中まで思っていました。ところが、大分県の過疎地の公立病院長を長いことやっていた医局の先輩が政治がらみの確執から辞職せざるを得ない事態になったことをつい最近知り、まさに小説が現実化していることに驚きました。

 「青い空、青い海」「温泉三昧」、地方自治体の医師募集広告は田舎のすばらしさをアピールしますが、そうそうパラダイスがあるわけない。実際には、この小説のような現実が待っている可能性も大きいでしょう。そういう意味では、そうした田舎暮らしにあこがれている医師にも読んでもらいたい一冊です。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2020年2月)