El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ(いずみ)氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(56)あなたはあなたの「記憶」にすぎない

 ――あなたはあなたの「記憶」にすぎない――

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております、査定歴21年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「認知症と記憶」、そこから広げて「記憶と人生」のつながりを3冊の新書で追ってみました。 

 私の80代後半の母親が認知症になり、今はホームでお世話になっています。エピソード記憶ができないというのがメインの症状。昔の大家族の時代なら家族の中で子供のようにのんびり過ごして死を迎えられるのだろうが、核家族の時代になって少人数家族では抱え込めない、独居もできない。そういう事情で「認知症」と名前を付けられて施設暮らしです。高齢になってまったく新しい環境に放り込まれる。そのストレスやいかばかりか・・と、息子の私にも忸怩たる思いがありますね・・実際。 

 「認知症の人の心の中はどうなっているのか?」の著者は、やたら薬をのませたがる精神科医や内科医ではなく、心理学系の人ということもあり、認知症の人の心はどうなっているのか、その欠落を上手にカバーするにはどう対応したらいいのか、というケアする側、家族の側の心のありようを教えてくれます。読むと気が楽になること多い。読後に、母のところに出かけて、話をしてみたくなるようなやさしさを感じる本。

 「他者には自分と異なる心があることがわからなくなる(心の理論)」「認知症は、自己と他者のアイデンティティをめぐる闘い」「明日がどうなるかわからない苦しみ」などなど、認知症の人の心がどうなっているのか、示唆に富んでいます。逆説的に、人間の自己アイデンティティの多くが記憶に依存していることに気づかされるのも事実。記憶が欠落していけばアイデンティティそのものが壊れていくのですね・・・と最後は我が身を危ぶむことに。

老いと記憶-加齢で得るもの、失うもの (中公新書)
 

 2冊目「老いと記憶」は、認知症未然の老化の中での記憶の問題を取り上げてくれます。では、そうならないためにはどうすれば?例えば60代の私にとっては今から認知症になるのかならいかという運命を変えることはすでに無理(=すでに決まっている)らしいです。そんな世代にとっては、記憶の衰えをどうマネージしていくかということが主眼になります。生活習慣を変えることで記憶しなくてはならないことを減らす、スマホのリマインダーを利用する、こうした習慣形成を後期高齢者になるまでに見につけておくというのが大事です。そこを過ぎたら習慣そのものが変えられなくなってしまいます。ドタバタした60代ではダメだということですね。

なぜイヤな記憶は消えないのか (角川新書)
 

  3冊目「なぜイヤな記憶は消えないのか」はもっと若い人にもおすすめ、今回の3冊の中でもイチオシです。日々の出来事が人生をどう形作るか考えさせられる好著です。今、あなたが自分の成り立ちを説明する物語(著者は自己物語と名付けています)、まさにそれこそがあなたが記憶の中から振り返り得る人生そのものです。人生において無数の出来事を経験するわけですがそれらすべてを記憶するわけではなく、今の自分=自己物語に都合のいい記憶だけが選ばれて残り、それによってさらに自己物語が改訂・強化されていくのです。つまり記憶と人生観にはフィードバックの環がある。記憶は事実そのものではなく、事実から自分が認知した意味づけを記憶したもの。 ゆえに、現在の自己物語が明るければ明るい記憶が残り、さらにポジティブなフィードバックが起こる。悪い出来事でも、それが将来のより良い出来事につながる・つながったと認知することで記憶自体も変容させられるというわけです。人生を肯定的に振り返ろう! 記憶をポジティブに回すことが、今のそれぞれにできること。

 今の自分は、自分が記憶している自分にすぎないという観点に立てば、いい記憶を強化できる生活習慣を記憶力が残っている間に身につけることが大切、そして記憶が失われればアイデンティティも失われ、そこは認知症の世界・・・と、記憶についてのこの3冊はきれいに連環しました。「自分がアイデンティティと考えているものは、自分に都合のよいセレクトされた記憶にすぎない」・・・納得です。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2019年10月)