El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(44)これが日本の「がん研究」最前線

——これが日本の「がん研究」最前線——

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、査定歴22年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。平成最後のテーマは「がん研究センター」。

    ブックガイド第9回にS.ムカジーの「がん 四千年の歴史」を照会しましたが、今回のブルーバックス「『がん』はなぜできるのか」はその後の最新情報と言ってもいいと思います。21世紀になってからの「がん研究」の進歩がコンパクトにまとめられています。国立がん研究センターの研究部門それぞれが目下の研究テーマを語ってくれるわけですから、この本が今の日本のがん研究のフロントラインというところでしょう。

    とは言え、すらすら読めるかというと一般人にはややむずかしく、面白みに乏しい。全体の構成をあらかじめ頭に入れて読んだほうが読み通せそうです。そこで今回はいつもとは趣を変え、少々武骨ですが全8章の構成をナビゲート。

  • 「第1章 がんとは何か?」・・がんの一般論に続いて、srcを例に「がん遺伝子」そしてp53を例に「がん抑制遺伝子」を説明します。この章で「がんは遺伝子の病気である」ということを理解しましょう。
  • 「第2章 どうして生じるのか?」では「遺伝子変異が起こるメカニズム」(化学物質や紫外線や放射線や遺伝的素因などなど)が説明されます。第1章のがん遺伝子がなぜ現れるのか、そして実際にがんとして発病するまでにはそんな遺伝子変異が何重にも蓄積されることが必要なことを知ります。
  • 「第3章 がんがしぶとく生き残る術」 では、「がん」は人間にとって自己と非自己の中間的な存在であるために「免疫機能による排除を免れて」いるという事実から、ノーベル賞の抗PD-1抗体(オプジーボ)、そして最近話題になりました一回の治療費が5000万ともいわれるCAR-T(キメラ抗原受容体発現T細胞)療法のことまで。
  • 「第4章 がんと老化の複雑な関係」では、おもにテロメアという細胞の寿命を規定している遺伝子を中心に、老化による細胞死とそれをまぬがれようとしたために起こる「がん不死性」の関係、そしてそれを利用したがん治療について。
  • 「第5章 再発と転移」では、「がん幹細胞」の存在を説明し、そこから「がんの再発・転移」するメカニズムとそれを利用した治療法について。がん幹細胞も研究の重要な柱です。
  • 「第6章 がんを見つける、見極める」では、最近よく耳にする「血液1滴で数十種類のがんがわかる・・・」という触れ込みの「miRNA」の話がメイン。miRNAはがん研究センターの目玉研究のひとつ。
  • 「第7章 予防できるのか?」では、生活習慣レベルのがん予防から始まり、薬剤によるがん予防、たとえば「アスピリンで大腸がん予防」。しかし、日本では感染症原因のがんが20%と先進国では異例の多さ(肝がん・胃がん・子宮頸がん)であることは知っておくべきです。感染防御こそががんの予防でもあるのです。
  • 「第8章 ゲノムが拓く新しいがん医療」・・最終章が「がんゲノム医療」。がん遺伝子パネル検査によるがんの最適化医療の話で、これもまた最近よく報道されています。パネル検査は先進医療に組み込まれたので保険会社も無縁ではありません。

以上、ざっと章立てを理解するとがん研究センターの研究チームそれぞれが何をやっているのかがわかります。ここまで理解が進めば、がん治療に関わるニュースを耳にしたときそれがどういう研究の文脈の中で出てきたのかまでわかるようになるでしょう。

研究者が分担して書いたものですからムカジーの「がん 四千年の歴史」のような物語的面白さはありませんが読み終わってみるとずいぶん頭が整理されました。こういうまとめの本も大事ですね。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2019年4月)