El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

岩波新書 シリーズ日本史 全25巻 サマリー(上)

①「農耕社会の成立」〈シリーズ 日本古代史 1〉 (岩波新書) – 2010/10/21 石川 日出志

数万年の石器時代があって1万年の縄文時代があって1000年の弥生時代と続き古墳時代に入る。がらりと変わって次の時代になるわけではなくじわりじわりと新しい文化・生活手段が広まっていくのを遺跡などをもとに再構成・・・なるほどよくわかる。しかし、明治150年や昭和100年という近代以降の時間感覚のあわただしいこと。とはいえ、縄文時代の1万年においても人間は数十年しか生きなかったわけだし、とてつもない災害もあったんだろうなあ、命は短く学問は長く深い。

②「ヤマト王権〈シリーズ 日本古代史 2〉」 (岩波新書)  2010/11/20 吉村 武彦

考古学的な①農耕社会の成立は後回しにして、歴史時代が始まる②「ヤマト王権」を読む。具体的には金印の漢委奴国王の頃(1世紀)から始まり3世紀の卑弥呼邪馬台国の時代、空白の4世紀があって倭の五王の5世紀。このあたりまでには日本の王権は固まってきて、6世紀は継体天皇で始まり古代豪族の大伴・物部から蘇我氏の権力強化、その影響下での聖徳太子推古天皇で7世紀に入る・・。

高校の日本史ではサラーっと流れるところ。中国・朝鮮に残る文字資料と後世(8世紀)に書かれた古事記日本書紀それに考古学的考証を突き合わせて時代をさぐることになります。朝鮮半島・大陸との交流の多いことに驚き。神話時代から歴史時代へと移り変わる日本(まだ倭国か)の姿。

③「飛鳥の都〈シリーズ 日本古代史 3〉」 (岩波新書)  2011/4/21  吉川 真司

7世紀がほぼほぼ飛鳥時代聖徳太子蘇我氏の前半があって中ほどで大化の改新天智天皇壬申の乱天武天皇、なるほど100年の間にいろいろあった。その結果として大宝律令となり、現代に続く「日本」という国名も出現する。

100年の間に分散していた地方勢力が大化の改新でひとまとめに、いわば最初の版籍奉還。男子天皇生前退位がほとんどないので血統をつなぐために生前退位がある女帝が中継ぎに入る・・あたりの仕組みが面白い。

政権中央の総論的な話でずっとすすんで、最後にピンポイントで岐阜県関市の弥勒寺遺跡をとりあげて一地域の飛鳥時代を対置させる構成の妙もある。さて、次はいよいよ奈良の都ですか。

④「平城京の時代〈シリーズ 日本古代史 4〉」 (岩波新書)  2011/5/21  坂上 康俊

租庸調とはいうが、いずれにしても税負担が重いのはこの頃からなのだ・・と。国家とは徴税組織にほかならず。兵役も大変だ、九州の防人には東国の人間を、東北での蝦夷との戦いは西日本の人間を、きびしいなあ。

官僚としての出世も大変だ。ひとつあがるのに10年以上かかるかと思えば、親が偉けりゃ初めから上位のエリート街道を歩む。なんだか中枢の人々にだけ優しいシステムで、今と似ている。メンタリティは同じなんだ。

東大寺と大仏の建設費は重かったらしい、イベントで国が傾くとはオリンピック!と同じ構造。天皇家系図だけみると近親婚の連発だが、青い血の問題はなかったのかしら。系図では親子だが実はちがうとか裏があってのことなのか。文武天皇聖武天皇で35年、孝謙・称徳女帝と道鏡事件でごたごたして、天武系から天智系の光仁桓武天皇ときて平城京よさらば

⑤「平安京遷都〈シリーズ 日本古代史 5〉」 (岩波新書) 2011/6/22 川尻 秋生

道鏡事件などの後をうけて即位し、鳴くよウグイス平安京の794年を間に入れて25年という長い在位となった桓武天皇。長期政権の後は不安定政権になるのは世の常、なぜなら長期の間に子供や后を含めて関係者が増えすぎてしまうから。

ここまでこのシリーズを読むと、天皇万世一系が日本史に及ぼしたコストを考える。万世一系を維持しようと努力することで守られた部分もあれば、そこをめぐっての争いも多かった。

中国のように王朝ごとにリニューアルされる場合と比べたとき長短いろいろあるだろう。が、生まれてこの方、日本人であるということは、万世一系以外のことを考えにくいのもまた事実。一つの制度ではあるのだろうが、歴史の重みを感じる平成の終わりでもある。

この後、万世一系摂関政治院政・武士の台頭・鎌倉幕府と続いていく。

⑥「摂関政治」〈シリーズ 日本古代史 6〉 (岩波新書) 2011/12/21 古瀬 奈津子

平安時代後半、西暦で860年ころから1060年ころまでの200年間が扱われる。200年というこのシリーズでは結構長い期間を一冊に収めるというのは、なんだかんだいってもあまり大きな出来事がなかったんだなと思う。地方の反乱とあっさり鎮圧される中央での変くらい。外交的にもほとんど鎖国的な感じ。

その中で、摂政関白がいることで幼若天皇でいいことになり、藤原氏(北家)が外戚関係を強化しやがて摂関を一家独占にする。まあ、言ってみれば藤原時代ということ。

それも100年も続けていれば外戚関係が築けなかったり親政をめざす天皇が出現したりして、藤原氏の栄華は終焉を迎え、院政時代に突入。このシリーズではそこからは日本中世史ということに。

最後に末法思想が広まったところの理由づけなどがいまいちあいまい。歴史の変わり目におけるこうした騒動(江戸末期の「ええじゃないか」など)について良書があれば教えてください。

⑦「中世社会のはじまり〈シリーズ日本中世史 1〉」 (岩波新書) 2016/1/21 五味 文彦

このシリーズの後、「応仁の乱」「観応の擾乱」なんて新書が出てヒットして、ちょっとした中世ブームが今も続いている。故にブーム前のこのシリーズはちょっと淡白な感じ。中世全体で200ページ強の新書4冊というのは今から思えば無理があったか。「院政」「源平合戦」「前九年・後三年・奥州藤原氏」「鎌倉幕府」「蒙古襲来」「建武の中興」「室町前期」「室町後期」「応仁の乱」「戦国時代」「信長・秀吉・家康」・・とイベントは盛沢山だもの。

なので、ボリュームの制約のせいか、本書は少し視点をずらして書かれている。歴史イベントメインではなく、文化・文学的な流れの中にイベントが織り込まれている。だから、例えば、世阿弥鴨長明がどういう歴史イベントに関わっていたのかという、これまであまり考えなかったことを気づかされる。

そこが、ちょっと新しい感じがした。

⑧「鎌倉幕府と朝廷」〈シリーズ日本中世史 2〉 (岩波新書)   2016/3/19 近藤 成一

闘争と移動の時代。下は所領の所有をめぐって、上は地位の継承をめぐって、身内での闘争が非常に多い。人口増加の中で未開発地が次第になくなっていったことが背景にあるのだろうが、闘争関係者の名前が相互に似ているので読んでいて誰が誰だかわからなくなるほど。

闘争の果て、承久の乱後にはほとんどが武士の支配下に。この時に東国武士が全国(特に畿内・西国)に移動した。その後の蒙古襲来のときには動員がかかっているし、鎌倉に陳情にいく武士の記録も残っている。この頃も日本中を旅することは多かったのだ。

特に幕府関係者や公家の下向で京都―鎌倉の往来は多かったようで、有名な「十六夜日記」は鎌倉中期に60歳を越えた阿仏尼が亡夫の遺産相続の訴訟で京都から鎌倉へ行く日記なので、盛り込んでほしかった。

北条義時には承久の乱で王朝そのものを打倒する根拠と力があった。しかし、それをやらなかったことで、それ以後も王権は維持されることがデフォルトになった・・のか、などと考えるが、このシリーズは王権のことはなるべくさわらない方針のような気もする。歴史を記述するとはそういう難しさもありますね。確かに。

⑨「室町幕府と地方の社会」〈シリーズ日本中世史 3〉 (岩波新書) – 2016/5/21 榎原 雅治 

新田開発の余地がなくなってしまった日本、自分たちの仲間が増えたら人の土地を奪うしかない。だから争いを起こして闘う!負ければ殺され、奪われ、売り飛ばされる。とにかく勝ち馬に乗り続けなければ負けたとたんにはいサヨウナラ。勝つ方を求めて右往左往するので、昨日の友は今日の敵。足利尊氏しかり、感応の擾乱しかり、応仁の乱しかり。

いつの間にか農民も武装して足軽に。足軽は生きるために徳政一揆に参加したり応仁の乱にまぎれこんだりして略奪で食いつなぐ。女は身を売る。疲れるよなー。守護大名も在地化し、戦国大名になったり、成り代わられたりして、戦国時代へ。まさに勝った者がみな奪う、ハードボイルド室町時代でした。

⑩「分裂から天下統一へ〈シリーズ日本中世史 4〉」(岩波新書) – 2016/7/21 村井 章介

いわゆる国内の信長・秀吉・家康の政権交代史はこのシリーズではなく「シリーズ日本近世史①戦国乱世から太平の世へ」を読むべき。その一年後に刊行された本書は琉球アイヌ女真、明といった東アジア全体、そしてテクノロジーとしての鉄砲と銀(精錬法)の伝来など、世界史的な視点からの記述が新鮮。朝鮮半島に15万人も派兵したエネルギーはすごい。30年後にヌルハチ 女真族)がすーっと入れ替わるように明自体を滅ぼしたことを考えると、武力一辺倒の秀吉はしょせん島国根性だったということか。ま、そうはいっても幕末明治期の欧米列強に対する反応力は島国根性があったおかげかもしれず、そんな裏表なところが歴史ですね。

大陸(中国)・半島(朝鮮)・列島(日本)の絡み合う歴史を学びました。