El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(43)アンダーライティングとAI ③

——アンダーライティングとAI ③——

「AIで仕事がなくなる」論のウソ この先15年の現実的な雇用シフト

「AIで仕事がなくなる」論のウソ この先15年の現実的な雇用シフト

  • 作者:海老原嗣生
  • 発売日: 2018/05/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています、4月になり査定歴22年目にはいりました自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。AIを取り上げるのは3回目。様々な論調の本が溢れて混乱するAIですが、今回はアンダーライティングも含めた「雇用」という切り口で書かれた本を選んでみました。4月になって初めてアンダーライティングに関わるようになった人にとっても、この仕事の未来はどうなるのかを考える上でのヒント満載です。

「モウスグ ワシラノ時代ヤ 言ワレテ、5年モシタノニ サッパリヤワ」と表紙のロボットが語っています。本当にそうですね。AIってどうなるの?結局、将棋と囲碁だけ?という声が聞こえてきそうです。「近い将来、9割の仕事は機械に置き換えられる」なんて研究報告が出てから5年、たいして変わっていないように思えますが予測の振り返りはやらないのでしょうか。そもそもこの研究報告は現場の労働実務をあんまり知らないAIの専門家が想像と勘で「たぶんこんなことぐらいAIで代替できるよね」・・という安易な推測をもとに出されたにすぎないものらしいですね。もともとちょっとフェイク気味な話だったわけです。

一方、「15年でなくなる雇用はせいぜい9%」と宣言する本書。著者はリクルート社の研究所にいたこともあるAIではなくて雇用問題のプロ。AIサイドからではなく雇用問題としてのAI論です。まさに今の雇用の状況、事務仕事のIT化がわかっている人が書いているだけに、「AIによる雇用の変化予測」が腑に落ちる形で理解できます。

最も大事だと思ったのは、「技術的可能性ではなく、費用対効果が問題だ」ということです。いくらAIで代替可能でも、導入・維持費用が人間の労働単価を下回らない限り、AIによる代替は起こりません。これはまさにそのとおりで、特にアンダーライティングのようにそもそも世の中的にマイナーな業務をAI化することの費用対効果が高いとは思えません。教師データもバリエーションが複雑なわりにはそれぞれのバリエーションの中での母数が少なすぎますね。まさに本書で言うところのスキマ業務。

また、アンダーライティングでは査定ばかりやっているわけではなく、顧客対応や営業職員対応などの業務もけっこうあるので、パソコン上の査定業務だけAI化できても人を減らすことにはなりません。さらに、なるほどと思ったのは「日本では労働力不足とAIによる代替がうまくシンクロして活力を維持し続けられる」という話。ちょっと楽観的すぎるかもしれませんが・・。

AIと雇用の関係を雇用側から見ることで、数多ある危機あおり系のAI本とはひと味ちがった具体性のあるAI論。タイトルはゆるい感じですが本書はなかなかの名著です。

費用対効果無視のAIブームも昨年後半くらいからだんだん熱が冷めているような気がしていますがどうでしょう。医療分野でもブームはやや落ち着いてきており、放射線科や病理などの画像診断分野のように費用対効果が見込めそうなところは実用化にむけてすすんでいますが、それ以外の成果はあまり見えてきません。金融系でもFinTechなんてトレンド・ワードがありましたが、都市銀行の変化など見ていますと余剰人員の整理のための理由付けに使われている、そんな景色も見えてきた昨今です。令和まで一ヶ月、そろそろAIブームそしてAI本ブームも終わりでしょうか。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2019年4月)