El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(42)渡り鳥は今日もインフルエンザを運んでいる

 —渡り鳥は今日もインフルエンザを運んでいる—

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております、査定歴21年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマはインフルエンザ、この冬も話題になりました。

    私も数年ぶりにインフルエンザにかかりました。すぐにタミフルをのんで2-3日の発熱だけでなおりました。タミフルがなかった時代に比べればまさに隔世の感です。インフルエンザといえば、1918年に世界中で4000万人が死亡したスペイン風邪インフルエンザからちょうど100年たちました。その後も、1957年アジアかぜ(150万人死亡)、1968年香港かぜ(100万人死亡)と大流行(パンデミック)が起こり、2009年の関西の新型インフルエンザ騒ぎでは関西への出張取りやめみたいな事態になりました。保険医学的にも決してあなどれません。

    インフルエンザひと筋ウン十年という研究者が書いた本がおもしろくないわけがありません。本書の著者ウェブスター博士はニュージーランドの人。50年にわたってインフルエンザ・ウイルスを追ってオーストラリアからアメリカ・中国・ロシア・南極と世界中を旅して鳥のウンチや血液を調べてきました。

    そしてその研究から、「ヒトを含むすべてのインフルエンザ・ウイルスは鴨などの水鳥に由来しており、渡り鳥がウイルスを地球全体に拡散させている」ことを明らかにしました。インフルエンザ・ウイルスはRNAウイルスでありDNAウイルスとは異なり遺伝子変異の修復機能を持っていません。そのためその遺伝子は常に激しく変化しており、さまざまな変異を持つ新しいウイルスが次々と生み出されます。特に鳥の集積地(中国や香港の生鳥マーケットや渡り鳥の集合地)が要注意。さらにヒトやブタの生活圏と近接しているようなところでは、これらのウイルスがヒトやブタにも感染し、同種内の場合よりもより激しい変異を起こしやすく、感染性・病原性・致死性が高まればパンデミック(大流行)となり世界中に大きな健康被害をもたらすというメカニズムもわかってきました。

    さらに、本書で読み応えあったのは、アラスカの永久凍土に埋葬されていたスペイン風邪の死亡者の遺体から採取した組織を用いてスペイン風邪インフルエンザの全遺伝子構造を解明しウイルスを再現(ちょっと怖い)していく場面。まさに冒険推理小説のようでもあります。博士がインフルエンザ界のインディ・ジョーンズと呼ばれているのもうなずけます。

    また、博士の研究の成果からタミフルのような抗インフルエンザ薬の発見がもたらされたんですね。旅の途中の爆笑エピソードも満載で、おもしろくて勉強になる一冊。装丁が地味ですが中身は波乱万丈の研究者一代記。国内のウイルス研究者が分担しての訳出にしては読みやすく、一般人でも十分楽しめます。

    「今後、スペイン風邪インフルエンザを超える感染力・致死力をもつウイルスが出現するのは時間の問題であり、その予測・リスク評価方法や予防・治療手段の確立と、社会機能の維持などのために充分な準備対策が必要なことを強調してきた」と本書は結ばれています・・・かなり怖い話ですね。

    風邪の季節も終わり桜の季節、そして新元号発表もまもなくです。4月からは査定歴22年目に入ります。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2019年3月)