El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(41) 医者も患者もバイアスだらけ

 ——医者も患者もバイアスだらけ——

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

 

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております、査定歴21年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「医療における意思決定」。そこにひそむ様々なバイアスを行動経済学の視点で分析します

    行動経済学といえば、このブックガイド第25回「かくて行動経済学は生まれり」でも紹介しました。簡単におさらいすると、伝統的な経済学は人間を「高い計算力をもち、取得したすべての情報を使って合理的に意思決定する「経済合理的人間(=ホモエコノミカス)」として想定しています。ところが、実際はそんなことはなくて、感情的で不合理な決断を下すことも結構多いですよね。行動経済学では、「人間の意思決定には、合理的な意思決定から系統的に逸脱する傾向、すなわちバイアスが存在する」と想定しています。それを医療の現場にあてはめたのが本書。

    医療現場の意思決定について、現在の医療ではインフォームドコンセント(説明と合意)という手法が一般的にとられていますが、こんなバイアスまみれの医者と患者の間で情報をやり取りする中で、合理的な判断をできるのでしょうか。本書の執筆チームは、ここに行動経済学の発想をとりいれることでさまざまな局面に発生している意思決定のバイアスをたっぷり紹介してくれます。

    患者や家族の意思決定の実例として「がん治療の意思決定」「がん検診の受診率向上」「子宮頸がんワクチン」「臓器提供」がとりあげられ、さらに医療者側の実例として「延命治療の中止」「急性期」「医師の間、特に男性医師と女性医師のちがい」「他人を思いやりすぎる看護師」など、なかなかおもしろいです。

    それぞれのテーマの実例は読んでいただくとして、「ではどうやってより正しい意思決定に導けばいいのか」という解決編として挙げられているのが「リバタリアンパターナリズム」という概念。がん検診を例にとると、受けたくない人に受けることを強制することはしないが、受けてもいいと思っている人には受けることをそっと(潜在的に)後押しするような方策のこと。現時点で生命保険業界でブームになっている健康増進プログラムと連携した商品展開などもこれにあたるでしょう。どっちでもいいや・・と思っている人がなんとなく、正しい意思決定をするような小さなネタ、例えばメールでのアラートやポイント付与、などなど、こうしたことをナッジ(肘でちょっと押す・・という意味)とも呼ぶらしいです。

    消費者の行動変容を促すという意味では営業にも使えるかも、という気がします・・・といいますか、実際問題としてはネット広告やメルマガでナッジされているわけですね、われわれはすでに。スーパーのレジの下のほうのお菓子に子供が引き寄せられるのと同じです。行動経済学・・以前も書きましたが、両刃の剣です。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2019年3月)